かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY

『ココ・アヴァン・シャネル』
ココのシャネルのようにシックなフランス映画なの。
Coco avant Chanel、とはシャネルになる前のココの物語。
アンヌ・フォンテーヌ監督作がワーナー配給で全国一斉拡大公開だなんてかつてないことなのだけど、それほどにシャネルというのは世界、日本でも広く関心がもたれるのが明らかな人気の題材なんだなぁということに感心。フランス映画が拡大公開される機会は少ないから嬉しいと思う反面、渋谷の単館でひっそり上映されていれば聞こえてこなかったであろう不満、批判の声を目にしてしまうのが、フランス映画好きとしては心が痛いところ。だって、アンヌ・フォンテーヌといったら、いかにもフランス映画らしいフランス映画を撮るという印象の女流監督だもの。泣ける純愛映画だの、楽しくハッピーエンドなハリウッド・ラブコメだの、劇的でわかりやすいドラマに慣れ過ぎちゃっているこの日本で、一般ウケするわけがないと思っていた。
まぁ、予想のついていた全体の評判のことはいいのだ。大切なのは自分の満足度なのだけど、一つ一つのショットの美しさにひき込まれたのに始まって、映画全体に立ち込めるシックな雰囲気を堪能。人物造形とそのエピソードの重ね方も面白く心に響くもので、先に観たシャーリー・マクレーンの出ていた
『ココ・シャネル』のチープな作りに対する不満がようやく解消。『ココ・シャネル』を先に鑑賞していたことが複数の意味で、功を奏したみたい。英語劇テレビ映画のあちらでは、ココのキャラクター設定が首尾一貫してなくて、美化されているような気がしたり、都合よく事が運び過ぎて現実味にかける、説得力がない、と感じられたエピソードの描写がいくつもあった。それが本作鑑賞によって、あの時の疑問の数々が次々と腑に落ちていったのだった。
オドレイのインタビュー記事で「ココ・シャネルは嘘つき」というコメントが取り上げられていたのが印象的だったのだけど、そんなココが描かれているところが興味深い。何が真実かなんてわからないけれど、孤児院育ちであったことを徹底的に隠していたというシャネルその人。原作本のあとがきによると、原作者のエドモンド・シャルル=ルーは初めは伝記を書くことを依頼されたのだけど、シャネル本人の話があまりにも嘘が多いので、直接話を聞くことをやめ、取材をして物語を紡ぐことを選んだらしい。だから、全てが真実ではないのだろうけれど、もしかしたら、シャネル本人が語る自身の過去の物語よりもよほどに真実に近いのかもしれないと思える。加えて、アンヌ・フォンテーヌとオドレイ・トトウのココという人物についての解釈も見事。こないだまではココ・シャネルという女性の何が魅力的なのか正直いってよくわからないと思っていたのに、ココの進歩的なセンスと頑なさに今回はすっかり心掴まれてしまった。
あちらを観た時に、バルサンという富豪青年貴族がお針子ココを屋敷に住まわせるという展開がいたって不自然だと感じたのだけど、バルサンがこんなに中年オヤジで、招かれたのではなくココが強引に押しかけて住みつき、愛人の座に座ったという本作の設定には、それなら納得と膝をうった。歌手として花開く将来は期待できず、共に生きてきたエイドリアンは男のもとへ行ってしまい、1人になったココが自らを上昇させるため、いえ少なくとも落ちぶれないためには、自分に関心を持つ富豪貴族を頼ることが最短確実であると、大芝居を打つことにしたのだね。シャネルはファッションのみならず押しかけ女の先駆者でもあったのかもしれないなぁ。だけど、「てへっ、来ちゃったぁ」なんて甘えたりはしないのだ。常に甘えず媚びず、泣いてすがることもない、徹底したプライドをもつ一本筋の通った女なのであった。
野心家で策略家で強い意志と決断力、行動力をもつ女。その計算高い図々しさには好感は持ちにくいし、見ていて清く美しい生き方と形容もできないのだけど、その揺るぎない強さ、潔さに感銘すら覚えてしまう。この時代に富や家柄のない女が這い上がって成功するにはここまでの賭けに出る必要があったのだなぁって。それでいて、そんな風に足掛かりを獲得しつつも囲われる日陰の女として生きるつもりは毛頭なく、日々多くを吸収しながら、仕事をするチャンスをうかがうのであった。とにかく仕事をしたいんだという強い意志、妥協しないこだわり、そんな気概こそが、多くの女性たちと一線を画するものだったのだねって腑に落ちる。でも途中までは、ココの戦略は何だかスリリングで、先のサクセスの事実を知っているのに、ハラハラとその成り行きを見守ってしまった。男の付属品でいることに甘んじようとはしないのだけど、裏腹にボーイに惹かれてしまう姿には反動的に切なさもヒトシオ。アンヌ・フォンテーヌは複雑な女心の揺れを繊細に描き出すのがうまいから、共感しづらいはずの彼女に心寄り添ってしまう。
そして今回、ココのセンスとアイディアがこの当時どれほどに斬新な輝きをもつものだったかの描写にもしみじみ感銘を受けた。野外で競馬観戦する時も乗馬をする時でさえも、女たちはフリルいっぱいのデコラティブなドレスを身にまとっている。そう、長いスカートの裾を泥だらけにして。あんな乗り方じゃ乗馬の醍醐味は味わえないよねって。そこに颯爽と登場したシンプルで機能性に満ちたココ・ファッションの気持ちのいいことといったら。アウトドアの時は動きやすいパンツ・スタイルというのは今では当たり前のことなのに、それは大いなる改革だったのだね。フォーマル・ドレスの黒も今や定番中の定番なのに、以前は喪服だけの色だったのだね。その時代に、パーティーでは皆が白や明るい淡い色のドレスを着ている中で、シンプルなデザインの黒をまとったココ。それがいかに伝統、常識に抗うものであったかが、会場全体を映し出すダンスのシーンによって印象的に描写されている。エクセレント!
古い常識に縛られずに、堅苦しさから女性を解放し、シンプルでシックなものを追求したココのシャネルの画期的な素晴らしさにを改めて感じ入る。こんな冒険家のココだから、世界に君臨するシャネル・ブランドを立ち上げ成功させることができたのだね。美化なんてする必要はなく、こんな生い立ち事情があったからこそ、ハングリー精神が培われ、ココの成功があったというこの物語がしっくりと心に響く。だから、鏡づかいがエクセレントだったラストのショーのシーンには、ココの気持ちに同化して、ボーイの思い出を含めたその半生をしみじみと振り返って感慨を覚えたのだった。ココ・シャネルがどれほどに人々の関心を誘うスペシャルな女性であったかを噛みしめつつ、映画の手ごたえに満足。
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