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かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
『潜水服は蝶の夢を見る』 

感動のバタフライ・エフェクト。
まばたきが文字になり、目がカメラになり、僕らは深海から天空に飛び立つ蝶に出逢う。

ファッション誌「ELLE」の編集長ジャン=ドミニク・ボビーは、 脳梗塞で倒れて生死をさまよい、全身が麻痺して左眼だけしか動かせない体となって目覚めた。
★★★★★

米監督組合賞受賞式でスピーチをしたジュリアン・シュナーベル監督に、『ブレードランナー』のレイチェル役のショーン・ヤングがヤジを飛ばしたなんてお騒がせニュースがあったけど、「潜水服は蝶の夢を見る」っていう邦題は、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を連想させるところがちょっといただけないなぁ。イメージ的にはすこぶるステキな響きの邦題なんだけどね。SF世界の電気羊やアンドロイドのことなんて今は考えたくないの。アンドロイドのいる未来世界なら、ロックト・イン・シンドロームに陥った人間の脳を別の体に移植することもできてしまうのかもしれないね。

でも、これは、90年代の現実の出来事、実在の人物の真実の物語。
今日の医療技術では治療しようのない病があって、現代の高度な科学技術をもってしても、左目だけしか動かせない人間の意思を伝達できるような装置は発明されてはいない。21世紀の今なら、目の動きとまばたきでキー入力が可能なパソコンが活躍することになったのかもしれないのだけれど、この時の方法は、何ら科学的ではなくて、いたってシンプル。「E、S、A、R・・・」と何度も何度もアルファベットが読み上げられ、そのたびにまばたきが繰り返される。ジャン=ドーとクロードのその根気、献身的な姿勢とあふれる思いに胸が熱くなる。「ウー、エス、アー」がリフレインされるごとに、切なさの入り混じった感動が押し寄せるの。

寝たきりで体中が麻痺していても、意識のある人間は、呼吸をするの同じように常に思い考える生きものであるし、伝えたい言葉を持っているのだよね。そんな当たり前のことを思うことさえなかったかもしれない。この映画に出会うことがなかったならば。この物語が映画化されることがなかったならば。こうやって、ジャン=ドミニク・ボービーの著書が出版されることがなかったならば。ジャン・ドーが伝えたいことをまばたきによって伝えることを投げ出さなかったならば。医療スタッフたちがこうやって、目しか動かせない患者の意思を受け取るということに取り組むことをしなかったならば・・・。だけど、伝えようというまっすぐな思いは遮断されることなく羽ばたいて、ジャン・ドーの意思が私のもとにも届けられたんだ。

最初はジョニー・デップ主演で企画が進められた本作映画化のニュースには、ずっと前から関心をもっていて、その主人公の身体の状態を知った時には、『海を飛ぶ夢』のことを思い出した。主演が大好きなマチュー・アマルリックに決まり、映画への期待は大きく膨らんだのだけど、ひょっとして『海を飛ぶ夢』を体験済みの者は、大きな感動が得られないのじゃないかという不安も過ぎった。どういった視点で映像が展開するのかも想像がついてしまうしね。が、多彩な芸術家ジュリアン・シュナーベルが監督したのだから、そんな危惧は無用だった。ジャン=ドーの視界でカメラが使われるなんてことは、予想できていたにも関わらず、それを自分のこの目で見て体感すると、自分の些細な予想イメージなんてなかったも同然というように、ジャン=ドーの視ているものがスクリーンに広がる映像に、その表現手法に感嘆してしまうの。

ジャン・ドーの主観、一人称的な目線で展開するドラマだろうと思ってはいたけれど、ここまで観る者を、その主人公に同化させるようになっているとは思わなかったもの。こんなにもごく普通に、思考は機能しているのに、すぐそばに立って自分の顔を覗き込んでいる相手に、何一つ意思を伝えられないことが、どんなにもどかしいことか。TV中継されるサッカーの試合がいいところで、TVを消されてしまうのを止められないことが、発狂したくなるくらい悔しいの。その悔しさを表現する術もないなんて。彼と共に私も潜水服を着せられて、海底へ沈められて、ただ闇に鳴り響く呼吸音に不安になり、ボンベの酸素が残り少なくなることに怯えるのだった。

映画の演出としては定番だから、ジャン=ドーの想像したものが実際に映像に登場することだって勿論予想はしていた。でもまさか、『エルミタージュ幻想』のごとく、カメラが滑らかに動いて、病院の廊下が宮殿のように華やかに映り、ニジンスキーが軽やかに跳躍するなんて、予測するわけがなくて。ジャン=ドーの想像力とそれを軽やかに描くシュナーベルの仕事ぶりに私は打ちのめされるのだった。想像力と創造力がどんなに崇高で素晴らしいものかということを私はとっくに知り得ているけれど、そのことを心の底から実感させてくれる映画は、たぶんそんなに多くはない。でも、これはパーフェクト。シュナーベルの才能にしびれる。カミンスキーの撮影はエクセレントで心に訴えかけてくるし、脚本は見事だし、ここぞのトム・ウェイツだったりと音楽もすごく好み。マチュー・アマルリックにアンヌ・コンシニにマリ=ジョゼ・クローズっていうキャスティングも完璧。

業界人として活動的に日々を謳歌していた頃や、想像の中での元気なジャン・ドー、マチューの身のこなしが軽快であればあるほどに、今潜水服を身につけて、深い海の底に沈んでいることのやるせなさに胸が締め付けられる。どんなにか辛い思いを抱えただろう。でも、「潜水服と蝶」の著者は、決して悲嘆に暮れたりせずに、自分の置かれている状況を少しシニカルに愉快に描写して、読者を楽しませてくれるのだ。44歳の僕の体がまるで赤ん坊のように洗われているなんて、自尊心の痛みを感じつつも、そうやって現実を見つめている柔らかい目線に少し嬉しくなる。そんなユーモアにも人間の底力を感じるの。わずかな希望の中、世界と自分をつなぐものが左目の視覚とまばたきだけになっても、彼はこんなにも陽光を浴びてイキイキと輝くのだ。やがてカメラが、車椅子やベッドの上から解き放たれて、羽をもって自由に飛翔する時、言いようのない高揚感に包まれる。

ジャン・ドーと周囲の人々の熱い思いと真摯な姿勢、人間のイマジネーションとクリエイティヴィティ、生命の尊さに深く深く感銘を受けるばかり。そして、それを映画として、もう一度飛び立たせたシュナーベル監督の芸術家たる魂とそのチカラにも大きな拍手を。

インタビュー/MovieWalker[外部リンク]

by CaeRu_noix
(2008/02/14 22:04)
CINEMAレヴュー
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