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BIOGRAPHY
Big Walter Horton 

Big Walter Horton、あるいは Shakey Walter Horton( alt. Big Walter "Shakey" Horton)は1917年( alt.1918)の 4月 6日、Mississippi州の Horn Lakeで生まれています。
そして彼が父からもらって、ハーモニカを吹き始めた(ホントは「吸う」ほーに「キモ」があるよな気がするから、一律「吹く」ってえ表現はちとおかしいと思うんだけど、ま、口にあてがって呼吸を利用して音をだしてる以上、そー表現するっきゃないか?)のは 5才のときで、さっそくローカルなタレント・コンテストで優勝したのです。
10代になってすぐ Arkansasに移り、さらには母に従って Memphisへと移動しています。そこでは Handy Park(そ、Memphisに来た Eddie Taylorは「水曜日が Beale Street、そして土曜の夜は Handy Parkに通い、Little Buddy Doyleなどのローカルなギタリストや Joe Hill Louis、Big Walter Hortonなどとも出会い」っちゅーワケです)で Johnny Shinesや Furry Lewisなどと交流しています。
最初は自己流だった彼のハープも、そこで Memphis Jug Bandの Will Shadeや Hammie Nixonあたりからあらためて教わっていたのではないでしょうか。

Samuel Chartersによれば、Memphis Jug Bandで一緒に演奏していた Hortonはまだ 9才か10才だったそうです。本人は1927年に、Memphis Jug Bandで録音した、と主張していますから生年を考えると符合しますね。
ただ、このころには Little Buddy Doyleのバックで Okehにも吹き込みをしてるハズ。ここでは Shakey Walter(Harp)と表記されていたようです。
1930年代を通じて彼は Robert Johnsonや Honeyboy Edwardsなどとも共演し、さらに Littlw Walterや Sonny Boy IIなどにも影響を与えたとされてます。ただし、バッキングがメインだったようで、まだ自己名義での吹き込みはありません。
1940年代の後半に一度シカゴに出ているのですが、間もなく Memphisに戻り、1951年には「Jimmy(De Berry) & Walter」として Sam Philipsの Sun Recordsに初めての吹き込み。そしてそれはそのまま Modern Recordsにリースされています(Sam Phillipsの Sunからは Sun 180としてリリースされています)。
彼単独では1953年で、この時の吹き込みは Mumblesという名前で行われました。
その一連の吹き込みの中から、Ivory Joe Hunterの「I Almost Lost My Mind」を下敷きにしたインスト・ナンバー「Easy」がヒットします。
そのヒットによって彼はふたたびシカゴに出て、Eddie Taylorと一緒に演奏を始めました。そして Junior Wellsが徴兵されたために、マディのバンドの後釜になるのですが、リハ中に呑んでるのをマディに見つかって追い出されてしまいました。
この1950年代の録音は(そんなことがあったマディのバックや、Willie Dixonや Otis Rushとのも) Chessに残っています。
1960年代には国内外にツアーに出るようになり、1964年には Chess傘下の Argoに彼自身のリーダー・アルバムを吹き込む機会にも恵まれました(『The Soul Of Blues Harmonica』 Chess 9268)。
彼のサイドマンとしての仕事を列挙すると、マディのバックで「Blow Wind Blow 」や「I’m Ready 」、Johnny Shinesの「Evening Sun 」、Otis Rushの「I Can’t Quit You Baby 」のオリジナル・テイク、そして Jimmy Rogersの「Walking By Myself 」、まだまだありまっせー!Willie Dixonでしょ、Eddie Taylor、J.B. Hutto、Floyd Jones、Johnny Young、Big Mama Thornton、もひとつオマケにジョニー・ウインターのファースト・アルバムまで!

そして1970年代には Ann Arborや Miami Blues Festival、さらに Monterey Jazz Festivalに Smithsonian Festival of American Folklifeといった数々のブルース・フェスに参加し、1972年には愛弟子と言ってよい Carey Bellとの Big Walter Horton With Carey Bell Alligator 4702を発表しました。

1981年 12月 8日 Chicagoで死亡。なお、もっと詳しく、おそらくは正確な解説が江戸川スリムさんとこにありますので、キョウミを持たれた方は、ゼヒそちらも訪れてみてください。江戸川スリムさんのと、ここで記述が喰い違っていたら、たぶん正しいのは江戸川スリムさんのほーですよん。


by blues-data
(2005/09/02 19:19)
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