そこでは昼は仕事、夜はサウスサイドやウェストサイドのクラブで演奏を聴き、休日には Maxwell Streetで演奏してチップを稼いだりしていたようですが、Club Zanzibar(14th & Ashland)に Little Walterの演奏を観に行き、仲良くなったようです。Little Walterはこの若造にイロイロ教えるのが楽しかったみたいで、様々なワザを伝授してくれたのでした。
また Sonny Boy Williamson IIのもとにも教えを乞いに行っていたようですが、彼にもっとも大きな影響を与えたのは Big Walter Hortonだったでしょう。
彼に言わせると、「 LittleWalterはホントにいろんなことを教えてくれたよ。でも Big Walter・・・ヤツはクレイジーだ!他のハープ・プレイヤーにゃ出来ないよなくっだらねえコトばっかしやってたなあ」だそうでございます。しかし、そんな Big Walterがやっぱりお気に入りだったのは確かでしょう。
さて、そやって確実にスキルをアップさせてった Carey Bellですが、1950年代の終りころから1960年代の初頭にかけて、ちょうどギターがエレクトリック化される端境期を迎えたことにより、ハープの位置が微妙なものとなり、一時的にハープの「仕事」が減った(とはいえ、ビッグ・ネームにとってはそれほどでもなかったのでしょうが)もんで、彼は Hound Dog Taylorから(!)ベースを習い、すぐさま Honeyboy Edwardsや Johnny Young、Eddie Taylorや Earl Hooker、さらには Big Walterのベーシストを務めています。この Big Walterのバックでベースを弾いている間に、殆どのハープのテクニックを実地で観て学んだのかもしれません。
その彼が本来のハープに戻って始めて吹き込みに参加したのは、1968年の Arhoolieへの Earl Hooker(1929-1970)のバックとしてでした。
その後1970年まで、彼は Eddie Taylorとともにウェストサイドにあった Big Dukeの Flamingo Clubのハウス・バンドを率いています。
そして1969年には Charlie Musselwhiteの手引きで Bob Koesterの Delmark Recordsと契約しました(Carey Bell's Blues Harp)。同年ジョン・リーとヨーロッパ・ツアー。
1970年からの 2年間はマディとツアー及びレコーディング(THE LONDON SESSIONS、UNK IN FUNK)。
そして Willie Dixonも彼の Chicago Blues All-Starsに招き、1974年のオーストラリア及びニュージーランド・ツアーに同行させています。その状態はほぼ1970年代を通じて続きますが、Carey Bellはその一方でウマく時間を作って1972年には Alligatorに Big Walterと一緒に吹き込み(有名な BIG WALTER HORTON WITH CAREY BELL AL 4702です)、1973年には ABC Bluesway Recordsに吹き込み、それが1974年にリリースされた、これまた素晴らしい出来の Last Night BLS 6079となります。また1978年には AlligatorのLiving Chicago Blues シリーズでグラミー賞候補ともなっています(ともにバックには「あの」Lovie Leeが参加)。
そして1980年代以降はもはや確立されたステイタスとして自己名義も参加セッションも含めて数々のレコーディング、さらにツアーをこなし、この 2003年の夏には、ついに青森くんだりまで Delmark All Starsの「実質上の」メイン・アクトとして来てくれたのでございます。
しかし 2007年 5月 6日、70才で死亡しました。
それは息子 Lurrie Bell の日本行きのほぼ二ヶ月ばかり前のことだったのです。