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カナダの青い空を飛ぶ 〜女性パイロット・村上千代子物語〜

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プロローグ マドモアゼル カミカゼ 1965
1965年、5月末のパリ。ある晴れた土曜の午後。 サン・ラザール駅から電車で20分、そこからバスで15分。エコール・サンシールという停留所で降りて、さらに10分歩く。このあたりはベルサイ..
(2009/12/31 15:50)

戦争が終わって
私がいつの日にか日本を脱出しようと決心したのは、14歳のときである。 太平洋戦争が終わった、まさにその年だった。 終戦を迎えたのは広島県の呉市である。 その年の3月までは家族と共に神..
(2009/12/30 16:10)

フランス人との恋
私は自分に語学の才能があるとは知らなかった。 いつか外国に出ようと決めた以上、英語も仏語も母国語ではないから、ハンディキャップが大きいことは明らかだ。だからそれなりに一生懸命勉強はしたと思う。 ..
(2009/12/29 16:44)

パリの1人暮らし
1964年は、ようやく日本人のパスポートの発行が一般に解禁になった年だ。今の若い人には信じられない話だろうが、当時は海外へ出たいと思っても、ただの旅行ではなかなか政府の許可さえおりなかった時代だった..
(2009/12/27 21:48)

いよいよ飛行訓練
ポール・ティサンディエ飛行機学校に向かうため、サン・ラザール駅のいつものプラットホームから急いで電車にとび乗った。と、その電車は全く方向違いに走り出したので、私はあわてた。隣りの乗客に聞くと、出発す..
(2009/12/26 22:07)

ジュリエット…
この学校の生徒は、ほとんどが仕事をもっている人々だった。 そこで、毎週木曜日だったと思うが、夕方の8時から9時半まで、フランス空軍本部で行われる「地上学校(つまり学科)」にみんなで通っていた。ほ..
(2009/12/25 22:41)

ついに単独飛行!
この頃、モニクがしきりにカナダへ行け、と勧めた。 当時の私には、カナダなんて白熊の国でしょ、というくらいの知識しかなかった。 「ちゃんと人間もいるわよ。あなたはフランス語と英語が両方できるん..
(2009/12/24 22:56)

1966.大西洋を越えてカナダへ
当時、フランスからカナダへの直行便のあるのは「エア・カナダ」だけだった。ところが「切符は東京で支払われたので、いつでも乗れます」という電話があったのは「カナダ航空」からであった。母がチケット代を支払..
(2009/12/23 23:12)

モントリオールの暮らし
モントリオールはヨーロッパを近代化したような大きな都会だった。 勤めている弁護士事務所では、秘書として速記や電話の応対もしたが、あるとき電話で裁判官と打ち合わせをして、では今からお宅の事務所にフ..
(2009/12/22 0:46)

自家用ライセンス
10月になって、そろそろ自家用パイロットになるための筆記試験をまず受けなければいけないと思っていたころだった。 ある朝、風邪をひいて咳で苦しそうにしていると、事務所の弁護士が、「今日は作らなけ..
(2009/12/20 0:53)

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