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漂流生活的看護記録
1975年、ベトナムから 

帰国便で隣に乗り合わせたのがこれから香港で乗り換えてカナダに帰るところだというベトナム人エンジニアの男性だった。薬剤師として働いているやはりベトナム人の妻と、3人の子どもとトロントに暮らしていて、2年に一度ぐらいはベトナムに帰っているという。

ホーチミンが好きですか?と彼に聞くと

「ええもちろん、ホーチミンシティも、アンクル・ホーも」と答えた。そして

「ただホーチミンの思想と、現在のベトナムは違うのではないかと思っています」と言った。

わたしは両親がホーチミンに住んでいるし、自分自身も90年代初頭のワルシャワに暮らしたこともあり、決して全ての共産主義国家にたいして批判的な意見を持っているわけではない、それでもやはりベトナム国内で政治的な話をすることはできなかった、と言うと彼は「賢明ですね、tap(盗聴器)はどこにでもありますから」と言った。ベトナムでは情報の統制が厳しく、出版物はもちろんインターネットもきっちり監視されている状態だという。ホーチミン市街の交通の無秩序っぷりとなんとも東南アジア的な人々の暢気な大らかさを見ていると「ホンマに管理しきれてるんやろか?」という疑問は出てくるけれども。

香港のチェク・ラプ・コック空港で乗り換えのため、到着ゲートから彼は右へ、わたしは左へ「いい旅を!」と握手して別れた。1975年、サイゴンから出る船にまだ17歳の少年だった彼ひとりを押し込み「お前は生きろ!」と叫んで母親は彼の手を振りほどいたという。

「今も時々夢に見ますね」と言って彼は苦笑した。その母も老いて、今はメコンデルタのミトー近くで彼の妹夫婦と一緒にひっそり暮らしていると言う。何度誘ってもカナダは寒いからいやだと言って来てくれないんだ、と。

わたしが握手したのは、その時最後まで、すし詰めの船の中から必死で母の手を引き寄せようとした少年の手だったんだと確かに思った。

by valencienne
(2007/10/02 13:59)
アジア
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