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渡り鳥のスポーツ日記

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ブログ休止のお知らせ
管理人・渡り鳥です。 最近仕事で多忙を極め、ブログ更新がままならない状態となりました。そこでしばらく休止することとします。 スケート関連の歴史は興味深く、何とかして書いておきたいと思いまし..
(2009/10/11 0:13)

フィギュアスケートの始まりとジャクソン・ヘインズ(17世紀〜19世紀)
さて、この記事から日本フィギュアスケートの歴史を書く。 まず日本国内の話に先立ち、海外のスケート史、世界フィギュアスケート選手権が設立するまでの歴史から話を始める。 フィギュアスケートの原..
(2009/09/27 11:50)

「第5回諏訪湖1周スケート大会」と「諏訪湖スケート会」の設立(1913年〜1915年)
大正2年(1913年)2月、第5回諏訪湖1周スケート大会が開催された。 この大会も5回目ともなると全国的に知名度が上がり、エントリーした選手は200人を超え、関東地区からは「京浜氷滑観覧団体」な..
(2009/09/27 8:07)

第2回〜第4回諏訪湖1周スケート大会(1910年〜1912年)
明治43年(1910年)2月、長野県諏訪にて第2回諏訪湖1周スケート大会が開催された。 この大会は、前回大会の覇者・小口卓襄による大会2連覇という結果となったが、彼の優勝の原動力となったのは「靴..
(2009/09/26 7:17)

「第1回諏訪湖1周スケート大会」(1909年)
明治39年(1906年)、長野県下諏訪町の飾り職人河西準乃助が、下駄の底に鉄製の刃をつけた「カネヤマ式下駄スケート」を発明。この下駄スケートは、諏訪湖に来たスケート愛好家の間で急速に広まり、次第にスケ..
(2009/09/16 21:04)

日本スケートの歴史の始まり(1891年〜1906年)
日本のスケートの発祥は幾つもの諸説があるが、実際に普及するきっかけを作ったのは新渡戸稲造である。 明治24年(1891年)、当時ジョンズ・ホプキンス大学を卒業した農学者の新渡戸稲造が、帰国する際..
(2009/09/14 7:36)

「日本フィギュアスケートの歴史」と「日本スピードスケートの歴史」の開設
管理人の渡り鳥です。 今日から、日本のスピードスケートとフィギュアスケートの歴史を書きたいと思います。 「日本スキーの歴史」も約半分を書き上げ、とりあえず気分転換したい気持ちと、今度はスケ..
(2009/09/14 6:36)

コルティナダンペッツォ五輪と猪谷千春の銀メダル獲得(1956年)
昭和31年(1956年)2月、イタリアのコルティナダンペッツォにて第7回冬季オリンピックが開催された。 日本選手団は1月9日、羽田空港からイタリアへ飛び、現地でアメリカから移動してきた猪谷千春と..
(2009/09/12 7:38)

ピエール・ギヨーとアンリ・オレイエの来日(1955年)
昭和29年(1954年)2月、フランスからピエール・ギヨーとアンリ・オレイエがスキー技術講習の為に来日した。 ギヨーは眼科医の傍らフランススキー連盟の教育委員会委員長の肩書きがあり、オレイエは1..
(2009/09/11 22:32)

ノルディックスキー世界選手権とアルペンスキー世界選手権への初出場(1954年)
昭和29年(1954年)2月、スウェーデンにて第20回ノルディックスキー世界選手権と第14回アルペンスキー世界選手権が開催された。 この2つの大会ともFIS(国際スキー連盟)主催で行われ、この先..
(2009/09/11 19:39)

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