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安倍川と富士山の由来 

日本史の各時代に顔を出す「安倍[外部リンク]」を冠する地名が、静岡県の中部に存在した。
安倍郡(あべぐん)は、駿河国(するがのくに・珠流河・須流加・静岡県)にあった郡である。
古代の駿河は珠流河(又は須流加)と表記し、珠流河国造(富士・沼津・伊豆)が統治していた。
その後、七世紀になって、廬原国造(旧清水・庵原)の領域と併せて中世・駿河国を建てた。
この時の領域は広大で、現在の静岡県の中部と東部に、伊豆半島や伊豆諸島を含んでいた。
なお、「駿河」の地名の由来は、富士川の「急流に由来する」とも言われている。
駿河国(郡郷 全七郡五十九郷・人口 七万五千五百人)の国府は、当初駿河郡に所在したが、後には安倍郡に所在を移している。
つまり、七世紀後半に初めて令制国(りょうせいこく)が施行されるそのズット以前から、駿河国安倍郡は存在した。
その後、天武天皇の御世(天武九年・六百八十年)に、歴史的に特別な経緯が在った伊豆の地(東部の二郡)を分離して伊豆国を設置した。
それに伴い、駿河郡駿河郷(現在の沼津市)にあった国府を安倍郡(現在の静岡市葵区と駿河区あたり)に移している。
それだけ古くから在るのだから、「安倍」と言う地名は、由緒があるに違いない。
しかし、この地が何ゆえ「安倍」と呼ばれるかの由来は不明である。
安倍郡(あべのこおり)は令制国・駿河国(駿州)の郡で、平安時代の「延喜式神名帳」に記載されている中津神社(住吉神社)が、「安倍郡に所在する」などの記載は存在するが、安倍郡(あべのこおり)の名の由来は、見当たらない。
これは、信憑性を証明出来ないものでは有るが、僅かに「安倍川」命名の源と思われる説がある。
文献に拠ると、神武大王(おおきみ/初代天皇)の東征に反乱した人物とされる「長髓彦」(ながすねひこ)とその兄「安日彦」(あびひこ)を始祖とする一族が存在し、その「安日彦(あびひこ)」の子孫である「安東(あんどう)」と言う人物(将軍)が、崇神大王(おおきみ/第十代天皇)の御世に「安倍川別命」(あべかわ、わけのみこと)に降服し、以来安倍姓を賜り「以後、安倍将軍を称した」と言う説がある。
この「安倍将軍」の子孫が、東北の雄・俘囚長の「貞任(あべのさだとう)安倍宗任(あべのむねとう)兄弟だ」と言うのである。
この説の前提が、民族和合の為の「後世の辻褄合わせの作文」と仮定した場合、「長髓彦」(ながすねひこ)と「安日彦」(あびひこ)の反乱は、実は反乱ではなく「縄文人系の部族(えみし・蝦夷)」に拠る神武大王(おおきみ/初代天皇)東征への「抵抗戦」とも考えられる。
それであれば、東海から東や東北に追われる縄文人系の部族(えみし・蝦夷)と渡来系征服部族の勢力境界線が一時安倍川に在り、その辺りから「安倍川別命」(あべかわ、わけのみこと)と言う名が「登場しした」としても「別命(わけのみこと)」とは、読んでそれらしき名前(境界の意味)で、頷けるのでは無いだろうか?
安倍郡(あべのこおり)は、奈良時代から明治維新以後まで続き、その後近代から現代にかけて合併、編入を繰り返し、千九百六十九年一月に安倍郡は消滅、二千三年四月以降旧安倍郡の全域が静岡市に含まれる。
現在、安倍の地名は静岡市を流れる河川「安倍川」と、上流の砂金と徳川家康の逸話に由来する「安倍川餅」に名残を残すのみである。
駿河国安倍郡(現静岡市)には「草薙(くさなぎ)」と言う地名があり、日本武尊(ヤマトタケル)の東征(蛮族討伐)にあたり、この地で包囲され火炎攻めに合い、三種の神器の一つ天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ・須佐之男命が出雲国で倒した八岐大蛇・ヤマタノオロチ・の尾から出てきた太刀)で「草をなぎ倒して難を逃れた」と神話が伝えている。
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)は、別名を草薙剣(くさなぎのつるぎ)・都牟刈の大刀(つむがりのたち)とも称され熱田神宮の神体であるとともに、三種の神器として天皇の持つ武力の象徴である。
この物語から察するに、大和朝廷創生期の頃は、この安倍の地が「蛮族(あくまでも朝廷側の言い分だが)の勢力範囲だった」と考えられない事もない。
この安倍(あべ)の名称だが、どうやら海洋民族系の名称に漢字を充てた[外部リンク]様な気がする。
一説によると、「原ポリネシア語が日本語の基盤の一つである」と言われて居る。
その原ポリネシア語は、アイヌ民族の言語と共通するものが多いとも言われて居る。
原ポリネシア語の「アピ(火の意)」とアイヌ語の「アピェ(ape・火の意)」は共通していて、インドネシア語系の「アピ(火)」も同じ音であるが、その音に中国語系の文字「安倍(アンペイ、アペイ)」を充てたのではないかと考えている。
ちなみに「アイヌ(aynu)」と言う言葉は蝦夷(えみし)の言葉・アイヌ語で「人間」の意味である。
先住系縄文人(蝦夷/えみし)、大陸系渡来部族、海洋系渡来部族と複雑に人種の坩堝(るつぼ)だった日本列島では、意思疎通の為に「共通語」が必要である。
但し先住系縄文人(蝦夷/えみし)の数が圧倒的に多く、渡来部族も出身国が一国ずば抜けては居なかった所から一カ国の母国語に統一も成らず、そこで文字は大陸文字を使用し、先住系縄文人(蝦夷/えみし)の類似発音に大陸文字(中国語)を嵌め合わせたり、先住系縄文人(蝦夷/えみし)の語意(ごい)で大陸文字(中国語)の読み発音をさせる事で、音読み訓読みの日本独自の言葉を成立させた。
つまり当時人種の坩堝(るつぼ)だった列島において、中国文字(中文/ツンウェン)に音読み訓読みを併用する事で、翻訳機能をもった「一文字について多重発音語(大和言葉)を編み出したのではのでは」と考えられる。
ここから先は完全に仮説だが、可能性があるので記述して置く。
大和朝廷における貴族土御門安倍氏が、恭順した蛮族(あくまでも朝廷側の言い分・エミシ族)の指導者であり、珠流河国造の少し前、シャーマン的指導力を持つエミシ族の長「火(アピェ・ape)」が、駿河国安倍郡辺りに「勢力を有していたのではないか」と考えないと、安倍を冠する地名が、静岡県の中部に存在した理由は思い当たらないのである。
安倍川が極古い時代の「蝦夷(えみし)族と渡来氏族の勢力境界線であった」とすれば、富士山の名の由来も理解出来る。
前述したが、アイヌ語で「フジ(huji)」は 「噴出する所」と言う意味である。
良く、富士山の事を「不死の山」と充てて信仰の対象にしているが、富士の語源がアイヌ語の「フジ(huji)」であれば、活火山として「噴出する所」・・即ち富士の山ではないだろうか?
渡来氏族の「あれを何んと呼ぶ?」と言う問い掛けへの蝦夷(えみし)族の答えが、「フジ(huji・噴出する所)」であった可能性は極めて高くなり、アピェ(ape・火の意)のカムイ(kamuy・神)が、フジ(huji・噴出する所)・・・「活火山富士山」と解する事ができるのである。 
そして、恭順合流した先住蝦夷(エミシ)の族長一派が「火(アピェ・ape)」を名乗るからこそ、後の俘囚長、東北の「安倍氏」が存在するのではないのだろうか?
この辺りの経緯については、政治的配慮からか、七百十二年編纂の古事記や七百二十年編纂の日本書紀にはまったく記述はない。

詳しくは【日本語のルーツと安倍氏[外部リンク]】に飛ぶ。
第一巻[外部リンク]】に飛ぶ。
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by mmcjiyodan
(2008/08/02 12:54)
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