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村上春樹、サンフランシスコにきたる[後編] 

講演会の翌日、日曜日の3時からサンフランシスコ市内の本屋さんで村上春樹氏のサイン会が行われました。張り切って3時間前に到着というのぼせぶりです。着いたときにはまだ列はできていなかったけど、本屋の店内、併設されたカフェには村上春樹の新刊を購入した明らかにサイン待ちの人々が、やや緊張気味の面持ちでうろうろしています。村上氏の新刊"What I Talk About When I Talk About Running: a memoir"(『走ることについて語るときに僕の語ること』)1冊購入につき他3冊までサインOKとのことで、日本語版は持っていますがやむを得ず購入。サインをしてもらうなら絶対これだと決めていた『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』初期のピンクの装丁の本と、今日はSFまで来られなかった昨夜の戦友ユキちゃんの本も含めて、計3冊にサインをもらう計画です。

1時になった頃から徐々に列ができはじめたので飲みかけのカフェラテを持ち列に加わります。数えたら前から8番目でした。悪くないですわ。それから3時までぼんやり待っている間、前に並んでいる南カリフォルニアから来た中国人家族(息子はバークレーで勉強中)、バークレー卒の建築家の女の子と「春樹と何話そうか」とか「春樹は名前も書いてくれるんだろうか」とか「春樹は昨夜の講演会の後すぐ寝たんだろうか」などと、どうでもいい、でも楽しい話に花を咲かせていたらあっという間に時間が過ぎてゆきました。

3時になって列が動き始めました。いよいよです。3冊の本を握りしめて店内に入ります。いろいろ聞きたい事満載で、質問が頭をぐるぐると駆け巡ります。ふと横を見たら陽子夫人がすたすたと歩いていました。そういえば昨日の講演でもふと横を見たら陽子夫人がすたすたと歩いていました。一体どれくらいの人が並んでいるのかわからないけど、相当の数なので、かなりピリピリした空気が流れています。インテリな感じの本屋の女性があらかじめ開いたページを「次っ!次っ!」という感じで春樹氏の前に広げています。

そうこうしているうちにいよいよ私の番となりました。前の7人は英語で挨拶していて、わたしが初めての日本人のようだったので大きな声で「村上さん、こんにちは!」と言ったら「お、こんにちは」とあの低くエロめな声でおっしゃいます。その瞬間、店内に夜の帳が落ち、カクテルをシェイクする音とジャズピアノの音が聞こえてくるんじゃないかと思っちゃいました(笑)あらかじめ本に付けられた付箋紙の名前を見て(本人がいちいち名前を聞く時間がないので、列に並んでいる間に店員の人が付箋紙に名前を書いて本に貼ってくれた)「カオリさんですね」と言い、太めのシャーピーマーカーでしゅるしゅるしゅるっとサインをしてくれました。目の前にいる12歳の時からの(勝手に)人生の友、心の友に何か言わねば。「あー、昨日の講演会素晴らしかったです」と声をかけると、春樹氏はちょっと顔を上げて、あの低くエロめな声で「あ、いたんですか」と言いました。「はい、いたんです。」 こうして無事に3冊サインしてもらい、春樹氏の二つの目を凝視して最高の笑顔で「ありがとうございます!」と言い、終了。その間1分もなかったかと思われます。たくさんあった質問は日の目を見る事もなく、頭の中をぐるぐる回ったままでしたが、横に立っていた気のいい店員の兄さんが怖いくらいにニコニコしている私に「よかったねえ」と言ってくれて、急に嬉しくなりました。いやあ、本当に嬉しかった。

四半世紀近く読んできた敬愛する作家と、人生のある瞬間、サンフランシスコの街角で接点があったということが、嬉しくも不思議な感じがいたします。そんなこんなでお祭りのような週末はあっという間に過ぎ去り、ふと現実に戻った時、課題は全く終わってないという恐ろしい事実がどっぱーんと津波のように押し寄せてくるのでした。今、やや遠い目をしています。

* 講演もサイン会も写真撮影は厳禁だったので、イラストで店内の様子を。
村上春樹の顔は水丸氏の顔しかあり得ないので丸顔を真似してみます。






by kaoridrome
(2008/10/14 4:05)
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