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無名人からの伝言―野口初太郎不屈の人生―(6) 

無名人からの伝言―野口初太郎不屈の人生―(5)
「両総用水の先覚者の記録 十枝雄三日記」が手元に
初太郎の足跡の複眼的な把握が可能に
 去る3月1日、「両総用水の先覚者の記録 十枝雄三日記」(大網白里町教育委員会、大網白里町文化協会)が届いた。送り主は大網白里町在住の十枝雄三日記編集員の鈴木茂さんだ。十枝雄三日記はB5坂530ページの大作である。

 鈴木さんを紹介してくれたのはSNS「おとな愉快団!」の仲間のとけもんさんだ。3冊目の本として「無名人からの伝言―大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生―」(仮題)を書く準備に入り、資料集めをしている。とけもんさんが両総用水を拓いた十枝雄三氏のこと、そして鈴木さんの存在を教えてくれた。

 大利根用水に生涯をかけ、両総用水にも関わった野口初太郎は「大利根用水[外部リンク]は両総用排水の父たる兄たるもの」と書いている。十枝雄三日記を読むことで、初太郎の足跡を複眼的にたどることができるだろう。ありがたい資料をいただいた。

 とけもんさんによれば、十枝雄三の胸像をゆかりの土地に建立するための募金運動が、日記を送ってくれた鈴木茂さんたちによって展開され、3月下旬に除幕式が行われた。

 「今も農業用水であり、飲用、工業用水としても使われ続ける、両総用水を、若い人達が、その存在すら意識しなくなっていることを残念に思い、両総用水を再認識する機会を提供するため、募金を町民に呼び掛けた、と鈴木さんはいっていました」と、とけもんさんがコメントを寄せてくれた。

■両総用水の概要千葉県HP[外部リンク]より)
 本地域は、千葉県北東部に位置し、利根川沿岸と栗山川沿岸低平地及び九十九里平野の佐原市(現在は香取市)外18市町村にまたがる約18,000haの耕地である。

 九十九里平野一帯は、ほとんどが天水田であったため用水不足の常習地帯であった。また、利根川沿岸の大須賀川、小野川流域は極端な排水不良地帯であり、度重なる湛水害にさらされていた。

 このような状況の中、昭和8,9年に続く昭和15年の大干ばつを契機に用水不足の解消と排水改良を同時に行なう「両総用水事業」が樹立され、昭和18年、第2次世界大戦のさなか国会の承認を得、農地開発営団に委任され、工事に着手した。

 戦争などによる一時中断もあったが、昭和22年から農林省の直轄事業として続けられ、60億円を超える費用をかけ昭和40年に竣工した。また、国営幹線に引き続く支線水路は県営事業として昭和28年に着工し、40億円あまりの費用をかけ昭和48年に完成した。

■疎水名鑑両総用水[外部リンク])

*十枝雄三氏の写真は十枝雄三日記より、転載しました。


by kitakamayunet
(2007/04/14 8:08)
無名人からの伝言
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