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■Tant Pis!Tant Mieux!そりゃよござんした。■
ここらでもう一度、Mr. Made in Marseilleの登場だ!  

去る10月27日にパリ北東部郊外で暴動が勃発してから、あの暴れん坊さんたちと同じ環境でかつて育った有名人たちが賛否両論の意見を公表していますが、同じくあの暴れん坊さんたちとほぼ同じ環境で育ちながらも現在に至るまで矢面に決して登場しない有名人がいます。それは、
Zinedin Zidane (ジネディン・ジダーヌ)[外部リンク]

今やごく一部の国を覗いてほぼ世界のどこでも知られる彼はフランス共和国民の宝であり、多くの共和国民がまるで友人のように彼をZizou (ジズゥ)と愛称で呼び、彼の噂を語り合います。

ジズゥは日本でも「マルセイユで生まれ育ったアルジェリア系移民二世」として知られておりますが、フランス国内ではアルジェリアというよりカビル族出身として語られることが多いジズゥなんであります。そしてマルセイユ北部のQuartier Nord(カルチエノール)の隣町Sept?me les Vallons (セプテム・レ・ヴァロン)の育ちと地域限定までされてしまいます。マルセイユは花の都おパリより歴史も古く既に建都2600数年、その面積もパリよりはるかに広い地方都市ですが、ジズゥが生まれ育った北部からセプテムにかけてはフランス共和国で最も大きいと言われる国立病院があるものの、主にアフリカ大陸系移民が居留する広大な地域として南仏はもちろんフランスで知られています。マルセイユの港から入国した彼らが徒歩で役所に飛び込むとこの地区の空き部屋を紹介されることが多いのです。もちろんマルセイユの他地区にも移民用住宅群はたんとございますよ。

今回の暴動で北アフリカ系イスラム移民と日本で紹介されていますが、フランスではMaghr?bin マグレブ系と呼ばれます。現在、マグレブ三国と呼ばれるモロッコ、アルジェリア、チュニジアですが、彼らに「どこの出身ですか?」と尋ねると、国名でなく「私はberb?re ベルベル族です」「私はKabyle カビル族です」と返答されることもしばしばあります。というのは、元々彼らはノマドと呼ばれる遊牧民でこの三国の国境とは関係のない生活を太古の昔から送っていました。その後、イスラム教が東方向から伝わってきた時、アラブの父祖アブラムとイシュマエルの血、預言者モハメットの血の血脈に乗ろうとベルベル族をはじめとするノマドはアラブ人と婚姻することで「アラブの血」を手に入れたのです。その結果、進軍が思うが侭になったアラブさんたちは8世紀に入ってまもなくすんなりとスペインはイベリア半島まで到達できちゃったんであります。こうしてイスラム教に改宗しアラブの血を引く北アフリカのノマド達はArabe Maghr?bin マグレブ・アラブと呼ばれるようになりました。

ところがジズゥの先祖であるKabyle カビル族の人々はイスラム教を信仰すれど、アラブ人との混血を選びませんでした。それが原因で現在に至るまで「自称アラブ」となったアラブ系マグレブ人からカビル系マグレブ人は「アラブの血を引いていないこと」を理由に差別されています。もひとつおまけに1960年代のアルジェリア戦争時、多くのカビル人がフランス側について戦ったため、アルジェリア独立を支持したアラブ系マグレブ人の多くに差別されることになりました。南仏におけるカビル族の定義はフランス側についたための難民であり、他の欧州系、ユダヤ系難民同様Pied Noir (ピエノワール)と呼ばれています。しかしアラブ系の多くがアルジェリア独立派だったように、カビル少数派もアルジェリア独立派でありました。この独立戦争は背景に社会主義革命の要素が色濃くあるため、各自の思想による分裂と考えても良いでしょう。

私のかつてのマグレブアラブ系クラスメート♀たちは「ジズゥはイケないヒトよ」と言います。
なぜジズゥがイケないヒトなのか、その理由は次の通りです。
*イスラム教徒なのにイスラム教徒女性ではなくスペイン人の踊り子
 Veronique (ヴェロニク)と結婚した。  
*つまりイスラム教徒ならアラブ女性と結婚してアラブの血を引く子をなす
 べきである。
*ジズゥは子供二人にマグレブの名前ではなく欧州系の名前を与えた。
  ジズゥのお子たちの名はEnzo[外部リンク] (エンゾ)とLuca[外部リンク] (ルカ)です。
んまあ、黙って読んでりゃ、ココ半月ほどどこぞで悪の権現とみなされる「一見普通のフランス人」と世界中から憐憫の情を集めている「(フランスで最も差別される)北アフリカ出身イスラム教徒の方々」のどちらが血統大好き主義者なんだかわからなくなってきますね。とにかく上述3点はマグレブアラブのイスラム教徒としてはこの上なく「イケないジズゥ」なんだそうです。そういうことを静かに教室の隅で聞いていたベルベル系♂のアゼディンくんは彼女達のけたたましい会話が静まると、大きな声で「ま・ここっつぁん、日本人のかわいい子はいないかなあ。僕はドイツワールドカップに行って日本人の女の子をつかまえるぞ!」と言うのが常でした。・・・ええ、アゼディンがそう言えば、それを耳にした女性陣が「同胞よ、それはいけないわ!」とまた永遠にイケない理由をぎゃあぎゃあ語り合うのですけどね。

このような背景があるせいでしょうか。今回の暴動に限らずマグレブ系の問題が共和国内で勃発してもジズゥは引っ張り出されません。「フランスで最も差別されているかわいそうな人々」と呼ばれている方々に差別やら区別されているのがジズゥなんであります。
でも暴れん坊さんたちも、ジズゥをあーでもこーでも言うヒトも、ジズゥご本人も、みんな、
現在は「フランス共和国民」です。

le 18 novembre 2005, Aude


1972年6月23日フランスはマルセイユで生まれた共和国民、われらがZizou は下記団体で活躍しています。
* 白血球障害者のためのボランティア活動(ELA) 
       http://www.ela-asso.com/[外部リンク]
* 国連  Team to end poverty[外部リンク]


by ma_cocotte
(2005/11/18 21:45)
めらめら仏蘭西2005秋
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