芸術的な日々

自作小説「インペリアル・ホテル」 第6章 曾祖父を驚かせる
タイムスリップ・ファンタジー、真実の愛を求めて現代から大正時代へ。
まずは
序章[外部リンク]から
第5章[外部リンク]をお読み下さい。
敬介は、背広のポケットから携帯電話を出した。折り畳み型の白色の携帯電話器で閉じた状態だ。
「これを見てくれれば信じていただけると思います、僕が未来から来たものであることを」
閉じた状態だが、丸い液晶画面があり時刻と電波状況が表示されている。時刻は、「午後四時三十五分」電波状況は、思った通り「圏外」という表示だ。

「それは何だね?」
と博士。
「遠いところにいながら好きな時に意志疎通をする道具です。今の状態では使えませんが」
敬介は、博士に携帯電話を渡す。博士は食い入るように見る。ふうん、と眉間に皺を寄せながら携帯電話を手に取りながら見つめる。
「開けてください」
と敬介。博士は、訳が分からず開けようとする。だが、開かない。逆側を開けようとしている感じだ。
敬介は、博士から携帯を取り上げ、自ら開けた。開けた状態を見せる。待ち受け画面が写った。いつもアナログ時計の表示にしている。
博士は、じっくりと見つめる。液晶画面、それもカラーの画面だ。
「これは電気で、こんな画像を出しているのかね」
「はい、電気ですよ。この小さな携帯の中にバッテリーが入っていて、それがこんな画像を出すのです」
「ケイタイ?」
博士が聞き慣れない言葉に驚いたようだ。
「ああ、携帯していろいろなところに持ち出せるのでそう呼ぶのです。この数字のボタンが電話番号を打つのに使うボタンです。ボタンを押して、このように耳に当てて電話をかけて話すのです」
敬介は、試しに奈緒美の電話番号を押し、耳に当てた。電話機からは、信号音も何も聞こえてこない。当然だ。この時代には、携帯通信インフラはなかったのだから。
「ほお、確かに珍しいものだね。さっきから君が見せてくれるものはどれも凄いものだが」
と博士は、感心顔だが、敬介が未来人であるということを認めるまでには至っていない感じだ。
そうだ、と思い敬介は、この携帯電話のカメラ機能で撮り続けた写真を見せた。最初に保存データから表示されたのは、最後に撮った写真、明治村・旧帝国ホテル・ライト館の正面だ。

次は裏側だ。客室棟に続く二階の廊下側が、白い壁で遮断され、玄関ロビー棟のみが残った状態になっている。

そうか、ここから自分はタイムスリップしたのだと敬介は自覚した。
「どうです。これは、僕の時代に存在する帝国ホテルの一部です。博物館の展示物となっています」
「ふうん、帝国ホテルとは、日比谷公園の目の前に建っている。新館が近々開業すると話題になっているね。何でもフランク・ロイド・ライトが設計した建物らしく。確かに似ているな。それにこんな天然色の写真が、この電光画面に写し出されるとは、これは凄い技術だ」
博士の表情を観察しながら、敬介はどんどん写真を見せる。ボタンを押しながら、写真は画面上で変わっていく。ライト館の次は、建築中の新居だ。袋小路の門構えは、この家と変わらない。だが、博士は気付かないようだ。次に元婚約者の奈緒美の顔。元モデルとあって美しくスタイル抜群だ。由比ヶ浜で水着姿を撮った写真で、サーフィンが好きな彼女がサーフボードを持ちながら大胆なビキニ姿を披露している。

博士は度肝を抜かれた様子だ。こんなビキニ姿は、大正時代には全く見られなかったものだ。女性が、浜辺といえこんな格好をすることさえ許されなかった時代だ。それも携帯画面に写っているのだ。
「この女性は誰だね?」
と博士。
「僕の元婚約者です」
「こんな大胆な格好をしているとは、何というか」
「はしたないとでも言いたいのでしょうけど、二十一世紀では珍しくありません。特に浜辺ならば」
敬介は、そう言いながら次の画面に進むためボタンを押した。すると、次は写真ではなく動画だ。音声付きの動画だ。敬介は覚えている。初めて奈緒美のマンションの部屋を訪ねた時に撮った動画だ。彼女のマンションの十二階バルコニーから外の景色を撮ったのだ。そこからは、数キロ先の新宿の超高層ビル群が眺められた。見事な眺望に感激して
「おまえ、すごいところに住んでいるな。新宿一望だ」
と声を発したのを覚えている。
動画が流れた。小さい画面だが、携帯画面に音声付きの映像が再生された。
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博士の目が丸くなっていた。
「どういうことだ。これは、これは活動写真じゃないか。ああ、それも弁士の声が吹き込まれている」
博士の言う「活動写真」と「弁士」の言葉の意味は敬介にも分かっていた。当時にあるものと比較したらそんなものしかないだろう。敬介は、またボタンを押して同じ映像を流す。バルコニーからの眺望。当時は、ニューヨークのようなアメリカの大都市にしかなかった超高層ビルの並ぶ姿。
「これはどこで撮ったのかね。すごい技術だが。それよりも、こんな景色」
「これは二十一世紀の東京の姿ですよ」
「ふうん、どこからどうやって撮ったのかな?」
「十二階の建物のバルコニーから、この携帯で撮りました」
「十二階だと、ということは浅草十二階? 浅草で撮ったのか」
敬介は、「浅草十二階」という言葉の意味は理解していた。大正時代に浅草に存在した正式には「凌雲閣」という名の当時としては最高層の建物だ。確か、大正十二年の関東大震災で倒壊したものだが。
「十二階から、こんな建物が映っていると言うことは、この細長い建物は何だ、何十階という高さなのでは。ニューヨークで撮ったものじゃないのかね。これはアメリカの発明品では」
「東京ですよ。新宿ですよ。でもって、バルコニーのある中野から撮りました」
博士は、じっと携帯電話を見つめる。だんだん、説得されてきたようだと感じた敬介は、
「どうです。今からあなたをこの携帯で撮りましょうか。まずは写真で。次に活動写真で」
と言い、携帯のカメラレンズを博士に向ける。博士は、きょろきょろとした目つきで携帯を持つ敬介を見つめる。
パシャという音が鳴った。まずは写真を撮った。敬介は、すぐに動画モードに切り替えて、博士の不可思議な表情を撮った。
「こんな小さなものが映写機になっているというのかね」
博士がそう言い終わったところで動画を止めた。
敬介は、まず携帯画面に写った博士の写真を見せた。カラーで博士のぎょろりとした表情の静止画が写っている。次に動画を再生させる。
博士がぎょろりとした表情で見つめる姿がだんだんアップとなり「こんな小さなものが映写機になっているというのかね」と言葉を発して映像は止まる。
博士は言った。
「君は未来人だ。二十一世紀の人だ」
敬介は、ほっとした。やっと自分の立場を分かってくれる人物に出会えた。それも、我が曾祖父だ。
「こんなものは、わしが知っている限りでは、現代の技術では造り出せない。日本はもちろん、イギリスやアメリカでさえでもだ。こんな小さなものにこんな多くの情報を詰め込み、電気で写し出す。天然色の映像、音声。これは我々の技術水準をはるかに超えているよ。二十一世紀ぐらいにならないと実現不可能なものだ」
博士は真面目な顔をして言い続けた。
敬介は安堵の溜息をついた。
「ところで君は、わしのひい孫に当たると言ったが、それというのはどういうことかね」
博士が真剣な眼差しで訊く。
「僕の祖父はあなたの息子、敬太郎さんですよ。僕の子供の頃に亡くなりました」
「ほう、そうか。敬太郎の息子か。しかし、しかし、いったいどうやってそんな未来から、この時代に来れたのかね。タイムマシーンに乗ってきたと言うことだよね。君の時代には発明されているのかね」
敬介は、タイムマシーンという言葉を聞いて笑いたくなった。権威ある物理学者がそんなものを信じているのか。
「僕にも分かりません。自分でも最初は信じられなかったのです。気が付いたら、大正時代に来ていたみたいで。タイムマシーンなんてものには乗っていませんよ。そもそも、そんなものは僕のいた時代にも絵空事としてしか捉えられていません」
「絵空事? 不可能はないのじゃないかね。アインシュタイン博士の相対性理論を使えば」
と博士が、自信ありげに言った。
「相対性理論ですか、ええ知っていますよ。これでも理系ですから、それなりの知識はあります」
「ほお、二十一世紀の未来でも、アインシュタイン博士は有名なのかね。相対性理論も」
「ええ、もちろん。歴史に残る物理学者です。相対性理論も物理学会では、知らない人がいないぐらい当たり前の論理ですよ。もののスピードは、それを見ているもののスピードによって変わると」
「そうだ。まさにその通りだ。しかし、大事なことはどんな速いスピードで動くものがあろうとも、光より速いものは、この世の中には存在しないということだ」
「ああ、知っていますよ。つまり、秒速三十万キロよりも速い物質はこの世の中には存在しない。仮に秒速十万キロの速さで進む乗り物があったとして、そこで光を放った場合、乗っている人にとっては当然、光は秒速三十万キロだけど、止まっている人には、それよりも遅いスピードで光が放たれているように見えると、三十万キロに十万キロが加速されて四十万キロになるなんてあり得ないということでしょう。むしろ、止まっている者から見ると、三十万キロから十万キロ引いた二十万キロの速さに見えてしまうのだと。だから、人は動くものに乗っている時は、必ず止まっている人よりも短い時間の経過を経験しているもので、光のスピードに近付けば近付くほど、地上で止まっているよりも時間の流れが短く、止まっている者よりも速く未来に進むのだと。しかし、実際、地球上に存在する乗り物の速さなら、そうだ、二十一世紀だと、音速の何倍もの速さで進む飛行機や、秒速数キロで地球の周りを回る宇宙船なんかがあるけど、そんな乗り物に乗ったとしても、違いは極僅かで、光のスピードに近づけるほどの乗り物なんて発明されていないし、それにこれは未来へのタイムトラベルをするための理論でしょう。僕は、過去へタイムスリップしたです。逆戻りだ。相対性理論なんて使えないでしょう」
博士は、敬介の説明を感心しながら聞いていた。
「さすが、わしのひい孫だけあるな。しかし、相対性理論をフルに理解しているとは言い難い。君は宇宙空間がねじれるということを知っているかね。アインシュタイン博士は、わしに説明してくれたよ。宇宙空間がねじれ太陽の光が曲がって見えることがあると。空気のない真空の宇宙にね。質量のとても大きなものがあるとそこに吸い込まれるように、宇宙空間に屈折が生じ、光がそこに吸い込まれるということだ。その屈折は、しまいには大きな穴となりどんなものでも吸い込んでしまう」
「ブラックホールのことでしょう。僕の時代では存在が確認されています」
「ほう、そうか。さすがアインシュタイン博士は偉大だな。つまり、そんな屈折したカーブが時間の経過にも起こって一種のループホールを形成し、そのホールが過去から未来に通じていた場合、未来にいる者が間違ってそのホールに入れば、起点であった過去に連れて行かれるということだ」
「僕が、そんなループホールに入ったと。でも、どうやって?」
「まだ仮説の域を出ていないが、そうだな。負の密度の高いエネルギーが加わって、そんなループホールが形成され、それをつなぐ物体に君が乗っていたとしたら可能かもな。何か覚えはないかね」
「ああ、そうですね。最初に話したでしょう。僕は帝国ホテルの建物で地震にあって、気が付いたら、この時代に来ていたと。それも、愛知県から東京まで場所も移動して。でもって、どちらも同じ帝国ホテルの建物でした」
「君の時代には愛知県で一種の歴史的な建造物として博物館に保存されているということかね。つまり移築されたものなのか」
「そうです。明治村という過去の貴重な建造物を移築保存しているところがありまして、そこに帝国ホテルの玄関部分が移築されているのです。この時代では最新建築でしょうけど。僕の時代では、一種のアンティックです」「ほう、アンティックね」
「となると、その帝国ホテルが、タイムマシーンとなったことになる」
「帝国ホテルが。そんなバカな。ただの煉瓦造りの建物でしょう」
「どんなものでも、ループホールとつながれば時空を飛び越える乗り物となる。だが、問題は時空を移動させたエネルギーだ。何かエネルギーがあったはずだ」
博士にそう言われ、敬介は考えた。物理的にどんなエネルギーが生じたのか。帝国ホテルが乗り物だったとして、それを動かしたエネルギー?
「そういえば、君は、二〇〇八年にそこにいた時に大きな地震を体験したと言っていたよね」
「はい、とても大きな地震でした。震度は五ぐらいあったと思うのですが。そちらでは感じなかったのですか」
「ほう、地震か。そういえば、さっき一時間ほど前にもそんな地震があったんだよ。震度は二か三だったかな。そんな大きくなくて問題にするほどではなかったが。わしは、その時、帝大の地震研究所にたまたまいたんで、そこでは大騒ぎでな」
「震度二か三の地震がですか。なぜ、そんなに大騒ぎを?」
「いや、近頃、そんな類の地震が多くてね。何かの予兆ではないかと、科学者なら、何でも疑ってかかるのが仕事でね」
敬介は、地震がおさまった後、支配人らしき男が「小さな地震があった」と言っていたのを思い出した。そうか、二〇〇八年に大きな地震が起きた時点とこの時代に小さな地震が起きた時点がつながったのだ。
「つまりは、君の時代で経験した大きな地震のエネルギーが、君を送り出し、今日起きた地震が君を受け止めたことになるな」
「そうですね。電波は送り出す方がエネルギーが強いですから、受け止める方は、それより少なくてもいいということですよね」
「ほほう、そうなると辻褄が合う」
博士の納得顔を見ながら、敬介は、落ち着きながらも、別のことを考え出した。そして、言った。
「そうなると、博士。僕は、自分の時代に戻るにはどうしたらいいのでしょうか」
「君は戻りたいのかね」
「ええ、そうですよ。僕は、この時代の人間ではない」
「ああ、そうだな。そりゃ確かにそうだ」
博士は怪訝な顔をする。敬介は、映画の「バック・トゥー・ザ・フューチャー」を思い出していた。その映画にも同じような課題を話し合う場面があった。そして、未来に戻るためにしたこと。それは、同じパワーを持つエネルギー源を使い、再度タイムマシーンを動かすことだ。
「つまりは、また大きな地震が起きれば、その時に帝国ホテルにいれば、僕は戻れるかもしれないのですよね」
「ああ、そうだ。じゃあ、また、君は帝国ホテルに戻るのか。しかし、大きな地震はそんなに簡単には起こらないよ。君がおこすのかね」
博士に言われ、敬介は、もっともだと思い考え込んだ。と、突然、目の前にカレンダーがあったので目を向けた。日ごとにめくり切り取っていく壁掛けカレンダーだ。月毎のものと違い、その日の日付が分かる。
「大正十二年八月二十八日(火曜日)」
そうか、帝国ホテルのライト館が正式に開業する数日前にタイムスリップしたのかと納得した。あの人力車の車夫が「大正」と言う言葉を発して以来、大正時代だと思っていたが、しかし、正確な年号や日付は分かっていなかった。自分は、ほぼ八十五年間、時空を逆戻りしたことになる。
「それに帝国ホテルの新館には、やすやすとは入れないよ。開館は来月一日からだと聞いた。その日に落成式が開かれて、その後なら客なら誰でも入れるようになる。開館後にいつ来るかも知れない大きな地震が起こってくれるまで待つのかね?」
「地震なら起こります。とても大きなものが」
と敬介の口調は確信に満ちていた。
「何だと? 待てよ、そうか君は未来から来た人間だったね。そうか、この時代のことは歴史になっているのか。大きな地震とはただごとじゃないな。どんなものかね」
「大震災です。数多くの人が死んで、東京は火の海になります。確か震度は六で、マグニチュードは七.九だったとか。それも落成式の日に」
「震度六で、マグニチュード七.九? そりょあ大事だ。もしかして、大火でこの家も火に呑まれるのかね」
博士は、急にパニック顔になった。
「ええ、そうなると聞いています」
「となると、どうなんだ。わしはどうなる? 敬太郎は?」
「大丈夫ですよ。あなたは生き残りますし、お祖父さんも。お祖父さんが生き残らなければ僕が存在できないでしょう」
「ほう、そうか。だが、そうなるとどうしようか。まずは、女中達には暇を出そう。彼女らには数日ほど故郷に戻っているように言い渡さないと。娘二人は問題ない。上は、外交官の亭主とロンドンにいる。もう一人は、京都に嫁いでいる。家内は、その下の娘が孫を生んだんで、今そこで世話をやいているのだが、しばらく帰らないように電報で知らせておこう」
うろたえる博士の様子を見ながら、敬介は言った。
「僕は帝国ホテルに行きます。そこで地震が起こる瞬間に居合わせます。ホテルの時空を飛び越えたと思われる場所に」
「だが、さっきまで話していたことは全て仮説だ。君が本当に戻れるかの保証はどこにもない。地震が起こるとなると君も危ない」
「大丈夫ですよ。あの建物は倒壊しませんでした。むしろ安全です」
敬介は、決意を込め言った。
「ほう、そうか。ならば好きにしたまえ。ところでだが、君は未来人でわしのひい孫だということだが、わしの未来も知っていると言うことだね。わしがいつ死ぬのかも。今度の地震では死なないとしても」
「ええ、知っていますよ。お教えしましょうか」
「いや、言わんでいい。知りたくない。また、知るべきでない。これ以上、未来のことはわしに何も教えるな」
博士は、手を挙げ、非常にうろたえた様子だ。息もしにくい感じになった。だが、しばらしくて、落ち着くと
「ところでだが、このことは知っておきたい。君は未来で何をしている。わしや敬太郎のように物理学者になっているかな。わしの意志を継いで」
「いいえ、物理学者になっていません。僕は建築士です。ちなみにそれは、僕の父、そして、お祖父さんの敬太郎さんと同じ職種です」
「何だと、敬太郎は物理学者になってないだと? どういうことだ!」
博士は、突然、怒鳴り声を上げた。
「いや、それは」
と敬介が説明をしようとすると、
「只今」
と玄関の方から声がした。若々しい声だ。
「敬太郎め! わしの意志を継がないとはどういうことだ。今、ここで問い質してやる」
と言い、博士は書斎を出て玄関に向かった。敬介は後をついていった。
第7章[外部リンク]へつづく。
by masagata2004
(2008/01/14 15:13)
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