廃園の秋

マスコミやwebの報道から・・・一澤帆布工業
Sankei Web 産経夕刊 骨肉の争い 京老舗かばん ブランド危機(03/03 15:00)[外部リンク]という記事が出ていた。ここにはほんのさわりだが長男の信太郎氏の言葉が出てくる。同様に朝日新聞のasahi.comには
布製かばんの「一澤帆布」、休業状態に 経営権争い[外部リンク]という記事が出ていた。こちらにも少しだが信太郎氏の話が載っている。
あとこれに
一澤帆布加工所[外部リンク]のWebページを見てそれぞれの言い分を確認してみた。
知りたかったのは信太郎氏が何をしようとしているのか。
そして経営権の問題がおきる発端となった遺言については、マスコミはどう報道しているのか。
それでは早速、信太郎氏は何をしようとしているのか。
これについては今までしてきたことと、二紙に語った話から推測することになるが、彼が言ったことをマスコミ各社が正直に掲載していると仮定すると、信太郎氏が語った言葉は下記のとおりとなる。
「決済資料も見せてもらえず会社の実情すら分からない状態。『一澤帆布』というブランドで仕事をしたいと思っている職人も多いはずなので、声をかけたい」
Sankei.Web「品物がなければ、開店しようにもできない」「在庫がなくなったという話は聞いたが、社員と会って話す機会がないので内情がわからない。再開のめどもわからない」
asahi.com
と以上三つになります。ここでわかったことはまず会社の代表権をとるまで・・・いやとった後も・・・経理資料などを見ていないということ。製造についてはまったく理解しておらず、たぶんこの騒動が起こる前から社員とあったことはないらしいということでしょう。そしてそこから類推すると、以下のことが疑問点が浮かんできます。
1. 製造などの現場はまったく知らない信太郎氏はどういう方法で一澤帆布工業の経営をしていくつもりであったか。
2. 会社の実験を握る前に何故会社の状態などを株主として確認することを怠ったのか。また付随することですが、そういった情報を何故集めることなく代表取締役になったのか。
3. そして何よりも経営権を握る前に何故社員と話し合いを持つことが出来なかったのか。
ここで挙げたことの内、ひょっとしたらやっているかもしれない事もありますが、1 の点はまず動かしがたいと思います。会社の経営を取る以上何かビジョンがあります。大きくする、皆に知られる、品質を重視、喜ばれる、時価総額世界一云々・・・とその目標は何でも良いとは思います。しかし自分の仕事を知らずに打ち立てたビジョン(目標)ほど、無謀で馬鹿馬鹿しく向かって行く気をそがれるものはないでしょう。
またそういったものが無ければ、社員は不安になるでしょう。それでも身近に社長と接していて、その人柄からどういうことを考えているのか細かく話し合っているのなら、そういった仰々しいことをしなくても良いかもしれません。そういう手続きを・・・しようとして出来なかったのか、する努力を怠ったのか・・・していないようなので、それは新社長の怠慢と言えなくもないです。
それと書いてある記事どおりならば気になるのが、ブランドの名前に惹かれる社員がいるのではないかということを言った上で、兄弟3人の共同経営を呼びかけているのですが、これは製造業者をある意味馬鹿にした言い草であると思います。ブランドを作ったのは信太郎氏では無い。ブランドは彼らの父が作り、実際の物は父も含めた職人が作っているのです。信太郎氏は本来はせいぜいブランドの管理人程度なのだ。
大阪城は大工や石工瓦職人などが作ったのだ。豊臣秀吉はそこに住んでいた管理人に過ぎない。
さて、遺言についてはマスコミ各誌はそれに焦点を当てることを避けているように見えます。
裁判所もお墨付きを与えた遺言にケチをつけることは確かにトラの尻尾を踏むような愚かな事と言えなくもないですが、結局事の発端は遺言です。元はと言えば(これは
一澤帆付加工所のWebサイト[外部リンク]に書いてあることなのですが)二通の遺言のどちらが正当なのか、裁判所と普通の私たちの感覚とはズレがあるようなのです。不思議に思っていろいろ調べてみたところ遺言が2通出てきた場合について、どこの行政書士も弁護士もWebサイトで同じことを書いています。
新しい方が効力を持つ
もしこういうことだとしたら・・・ifで物事を語るのはよくないですが何か釈然としないですね。
さて、いまだ新しいブランドを立ち上げられるか分からない信三郎氏・・・
片やブランドはあれど中身がない信太郎氏・・・
どちらが分がいいでしょう。
まあ私は見たとおりだとおもいます。
ブランドがあってもビジョンがないトップには誰も付いていきませんよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・世の社長殿も御用心御用心。
追伸。
にほんのこころ[外部リンク]と言うWebサイトに
一澤帆布の記事[外部リンク]が載っていたのでURLを出しておきます。これは過去へのノスタルジーではなく、一澤帆布の未来への道筋を照らしてくれる灯りとなればうれしいのですが・・・。
Sankei.Web[外部リンク]
骨肉の争い 京老舗かばん ブランド危機
2006年 3月 3日 (金) 15:49
創業家の兄弟 訴訟合戦ドロ沼
創業百一年の歴史とブランドを誇るかばん製造「一澤帆布(いちざわはんぷ)工業」(京都市東山区)が、経営権をめぐる創業家兄弟の対立から製造休止に追い込まれた。同社先代の三男で前社長の一澤信三郎氏(57)と、長男で現代表取締役の信太郎氏(60)が訴訟合戦を繰り広げ、京都地裁の仮処分決定に基づく店舗と工場の明け渡しにまで発展。ブランド消滅にもつながりかねない事態に、「一澤帆布」ファンも気をもんでいる。(京都総局 林英樹)
▼「新ブランドを」
「WE SHALL RETURN」(必ず戻ってくる)。明け渡しが行われた一日、京都市東山区の知恩院近くの工場には、黒字でそう記された白幕が掲げられた。その前に立った信三郎氏は、集まった六十五人の職人に「非常に残念なことだがこれをバネにがんばっていこう」と訴え、慣れ親しんだ製造拠点を後にした。
信三郎氏は「新ブランドを四月にも立ち上げていい品物を作り続けたい」と意欲をみせている。
一澤帆布は明治三十八年創業。登山用リュックやテント用布を製造していたが、先代の信夫氏、後を継いだ信三郎氏が帆布製のかばんを製造・販売し、カラフルな色合いと品質の高さで徐々に人気が広まった。
▼遺言は有効
“お家騒動”の発端は、信夫氏の死去(平成十三年)に伴う遺産相続争いだった。当時、信三郎氏が社長を務めていたが、信夫氏の遺言により、愛知県内で銀行勤めをしていた信太郎氏が同社株式の46%を取得。もう一人の代表取締役の四男、喜久夫氏(54)と合わせて全株式の過半数を持つことになった。
これに対し、信三郎氏は遺言の無効確認を求めて提訴したが、十六年十二月に最高裁で棄却され、遺言の有効性が認められた。
信三郎氏はその後、臨時株主総会で経営から外れ、同社商品を一括製造する有限会社「一澤帆布加工所」を設立。職人全員が移り、店舗と工場を賃借するかたちで、「一澤帆布」ブランドで生産を続行した。しかし、信太郎氏は施設の明け渡しを求める仮処分を申請。京都地裁は「信三郎氏が個人的利益をはかる目的で権限を乱用した」として、仮処分決定し、今回の明け渡しとなった。
▼共同経営も?
信三郎氏に対する社員の信頼は厚い。「どこまでもついていく」(北川信一・製造課長)など、かばん職人六十五人を含む社員のほとんどは信三郎氏と行動をともにする考え。さらに、信三郎氏の友人ら約百二十人が「応援する会」を結成しているという。
一方、法的に「正当性」が認められた信太郎氏は、ブランドの継承権は持っているものの、職人はおらず製造技術もないのが実情。信太郎氏は「決済資料も見せてもらえず会社の実情すら分からない状態。『一澤帆布』というブランドで仕事をしたいと思っている職人も多いはずなので、声をかけたい」と話し、信三郎氏に対し三兄弟での共同経営を呼びかけていることも明かした。
しかし、信三郎氏は「人の心はお金では買えない。四月をめどに職人と一緒に新しいブランドを立ち上げたい」と話し、融和の姿勢はみえない。
「現在一切の商品の製造を休止しております」。一澤帆布加工所のホームページには二月二十八日付で、こう記された。
現在も店舗は開いているが、在庫は今月中旬にも尽きるという。
asahi.com[外部リンク]
布製かばんの「一澤帆布」、休業状態に 経営権争い
2006年03月07日16時19分
厚手の布製かばんで知られる「一澤帆布(いちざわはんぷ)工業」(京都市東山区)が6日、休業状態になった。経営権をめぐる兄弟らの争いの影響で2月末には製造が止まっており、在庫もなくなったという。昨年12月に代表取締役に就いた兄の一澤信太郎氏(60)は「品物がなければ、開店しようにもできない」と話している。
同社では、亡くなった先代会長の遺産相続の遺言をめぐって、前社長で弟の一澤信三郎氏(57)と信太郎氏が訴訟で争い、信三郎氏の敗訴が確定。臨時株主総会で信三郎氏らは役員を解任され、新たに信太郎氏らが選出された。
信太郎氏は、同社の製造部門を請け負っていた「一澤帆布加工所」と信三郎氏に工房の明け渡しを求め、京都地裁が仮処分を決定。3月1日に同加工所の社員らが退去していたが、店舗では4日まで営業していた。
店舗には4日夜から、「本日の営業は終了しました」との札がかけられたまま。6日は客が訪れると、中から店員が出てきて「しばらく休業状態です。今月中は再開はできません」などと説明した。
信太郎氏は「在庫がなくなったという話は聞いたが、社員と会って話す機会がないので内情がわからない。再開のめどもわからない」。一方、信三郎氏はこれまでの取材に対し、同加工所の従業員たちと新しいブランドを立ち上げていく方針を明らかにし、かばんなどを製造するとしている。
今回は前回記事
一澤帆布はもうだめなのだろうか?にトラバいただきました方には、あらかじめトラバさせていただきました。
一括にさせていただきました。申し訳ございません<(_ _)>
KOBECCO ここのかばん、貴重でした。
Mamachogo Blog life 気になるニュース:頑張れ!信三郎さん&従業員さん![外部リンク]
妄想to悪口 <一澤帆布工業>社長解任で、かばん製造販売は当面ストップ [外部リンク]
Lawとバット 法律は万能ではない。[一澤帆布事件][外部リンク]
日刊宇宙人 Alian is talking about the Universe. 一澤帆布の存続を願う[外部リンク]
「気」の多い生活 一澤帆布製造休止[外部リンク]
すみません、トラバは三つまでしか出来ないみたいでした。<(_ _)>
上から3人しか出来ていないみたいです。申し訳ございません。
by zukunashi
(2006/03/07 21:57)
事件・事故
タグ=一澤帆布
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