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Viento desde Borinquen
漫遊記:フィルベルト・オヘダ・リオス 

フィルベルト・オヘダ・リオス。

この名前は日本じゃ全く知られてないと思う。多分大学でプエルトリコ研究している人か、アメリカとキューバ/プエルトリコの関係が専門の人だけだろう。

オヘダは1933年生まれのプエルトリコの独立運動家/テロリスト。革命後のキューバで戦闘訓練を受け、武力で独立を勝ち取る為、これまでも爆破、銃撃戦、米銀行からの7億円の強奪とかなり荒っぽい経歴を持っている。

何度もつかまったが、1990年頃に仮釈放され観察中に逃亡。以来プエルトリコのどこかに潜んでいると言われていて、FBIもその行方を追っていた。

FOBの「お尋ね者ページ」はこちら(*ブログ書いた時はFBIのページがありましたが、さすがに死んでからはページは削除されちゃいました)[外部リンク]

彼の名前自身より、70年代からの活動の時以来の組織名"Boricua Popular Army"、別名「LOS MACHETEROS/マチェテロス」の方が通りが良いだろう。

15年間の潜伏期間中も、小さな事件をリードしたり、声明を発表したりと動きを見せたがどこにいるかは分からなかった。こんな小さな島なのにね。しかし、荒っぽい事件がなくなるに従って、独立派の運動のシンボル的な意味も少しもつようになってきた感じだった。

そんなオヘダが、9/24日の土曜日、マヤグエスから少し南に下がった町、オルミゲロスでFBIとの銃撃戦の上、亡くなった。

もう72才のじいちゃんだったが、FBIが10数人でマヤグエス近くの隠れ家を囲んだとき、しっかりと銃で反撃し、結果射殺されてしまったのだった。

島では、「まだしぶといとはいえそこまでやる話か?」という点、政府側はFBIより今回のオペレーションを知らされていなかった点、なぜ今?と言う点などなどと議論が盛り上がり、同時にビエケス問題以来、鳴りを潜めていたプエルトリコのステータスを与党、野党両方が議論しあうきっかけになるような動きもある。

◆◆◆


9/27には葬式が行われた。独立派の人々がたくさん参加した。サルサのアンディー・モンタニェス、アンドレス・”エル・ヒバロ”・ヒメネス・・・


アンディー・モンタニェスは島内では言わずと知れた独立派の精神的サポーター。今回の旅で飲む約束をしていたけど、オヘダの死に際して色々動くことがあって、約束はキャンセルになってしまった、という訳。
葬式では、アンディーはプエルトリコの国歌"ラ・ボリンケーニャ”を歌ったそうだ。

独立派のシンボルとなった形のオヘダだが、一方で「マチェテロス」という名前は別の形で生きている。

マチェーテというのは、農民がさとうきび刈りとか草刈りにつかうカーブのついたナタの名前。農民/ヒバロ/庶民をあらわすシンボルであると同時に、オヘダらの活動によって、良い悪いは別にしてなにか「ハードエッジ」な、「反体制的な」、一種「ギャングスタ」的なイメージもあったりする。

そんなところからなのか、レゲトンには「マチェーテ・ミュージック」なんてプロダクションもあってがんばってるし、ダディー・ヤンキーの曲に「マチェーテ」っていう曲もある。




"Streetvibe 3"
2曲目がDaddy Yankeeの"Machete"
左はMachete Musicのロゴ

内容は独立とかテロとか関係ないけど、マチェーテって言葉を使うと、マチョな、反体制的な、そして庶民の側のイメージが漂うのだ。それが、レゲトンっていう、いま一番ストリートの若い庶民の兄ちゃん、ねーちゃんを反映する音にこの単語を選ばせるのだろうね。


by mofongo
(2005/10/13 2:19)
Viaje/漫遊記
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