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Viento desde Borinquen
ルイシート・カリオン交通事故 

気合いたっぷりの元気ものサルセーロ、ルイシート・カリオン(Luisito Carrion)がまたも交通事故にあってしまった。


先週の先々週の土曜の夜、ドン・ペリニオンオルケスタ"ラ・プエルトリケーニャ"の仕事に行くためトア・バハの家を出てたばこ屋に立ち寄った時に車にはねられてしまったもの。

幸い命に別状はなかったけど、左足骨折と後頭部を縫うケガ。昨年10月にも交通事故で脚をケガし、ようやく復帰し始めたばかりだったのに不運・・・。

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ルイシートはコテコテのプエルトリカンで気合いたっぷりのソネーロ。1962年生まれで現在44才。サンファンから西へ1時間程走ったアレシボの町生まれ。おとっつぁんのアンヘル・ルイス・カリオンもオルケスタ・カフェ(Orquesta Kaffe)のリーダー&ベーシストという環境だから13才でステージに出るサルサな少年として育ってる。そして17才まで父親のバンドで演奏する。でも最初はボーカルじゃなくトランペッターだったのだ。14才の時にはオルケスタ・カフェの録音で初のソロを取ったりしている。

次いでオルケスタ・ラ・ナティーバ(Orquesta La Nativa)、イデ13(ID XIII) に参加。

ところが1980年、ID13にいた時交通事故で重傷を負う。その時歯を3本折ってしまいトランペットを諦め歌うことを選ぶ。人生、何がどう転ぶかわかんない。

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そしてコンセプト・ラティーノ(Concepto Latino)に参加。

Jose “Cuco” Perez率いるコンセプト・ラティーノは当時のプエルトリコの実力派ローカル・バンド。このオルケスタはとっても重要なんです。地元の実力派オーケストラのお仕事として定番であるファニア・オールスターズのメンバーのプエルトリコでのライブをサポートする役もこなしてた。ムレンセの成立ちとかもそうですね。

コンセプト・ラティーノの場合はセリア・クルースのステージを、次いでアダルベルト・サンティアゴサンティートス・コロンなどのバックも務めていたと同時に地元でヒットを飛ばす。"No Me Olvidares"なんて、未だにプエルトリコのラジオで流れます。泣けます。

プリミ・クルースホスエ・ロサードウイリー・ゴンサレスなんかもメンバーでした。こういう所で鍛えられた若手が、80年代のサルサを大発展させたのですね。ここが大事なところです。

それからもひとつ大事なのは、アレシボの地元バンドだというところ。オルケスタ・ラ・ナティーバもそうだけど、アレシボという街に根を張った、そこでのナイトクラブやフェリア(お祭り)に無くてはならないバンドがあるから、子供のころからその音で育つ。そして、その中から新しい才能が出てくるのです。去年ソロを出したオミー・カルドナなんかもそうですね。

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さて、短期にラ・テリフィカに参加後、彼のキャリアの扉を開くグンダ・メルセー"サルサ・フィーバー"にパポ・サンチェスに次いで2人目のボーカルとして参加する事になります。'82年リリースの2枚目のアルバムから"Renta de Amor""Sen~ores ahi va Juliann""Aguas negrasなどがヒット。

MPお得意の中南米向けマーケティングも成功し、コロンビアやパナマで人気爆発!しかし、皮肉な事に、中南米の人気と逆に島での人気は今ひとつだったのです。(MPにありがち・・・)

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島で歌う機会をもっと増やしたかったルイシートは、しばらくコンセプト・ラティーノに戻った後、84年にボビー・バレンティンのオルケスタに参加する事になります。

"Me Diste de Tu Agua" [アルバム:Algo Excepcional]や "El Sen~or de las Sen~oras"、 "Ramos de flores"[アルバム:Bobby Valentin], "El Gigolo"、"Tributo de Cali" や"Como lo hago yo"などのヒットが続く。島の内外で歌う機会はぐんと増え、彼は充実した日々を過ごします。

ボビー・バレンティンの所で5年過ごし、ドン・ペリニオンのオルケスタ"ラ・プエルトリケーニャ"に移ったルイシートは89年"La Fuga"を、次いで名門ソノーラ・ポンセーニャに移り(90-92年)"Yare" や"A Comer Lechon"がヒット。

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そしてついに92年MPレーベルで"Y ahora voy yo"でソロデビュー。 95年に2作目"Con respeto"を、2000年に"Sin tu amor"をリリース。 "La Chica Ma's Popular"、"Nadie Como Tu"、"Porque"、"Amiga Mia"、"Muriendo"、"Como Ave Sin Rumbo" 、"Para Ser Real"などを当てる。


その間、ロベルト・ロエナの近年の名盤"Mi musica 1997"などにも参加。同じくMPレーベルでは大量の作品にコロで参加してます。
また、ボンゴ奏者イバン・カセレスの2003年のデビュー作(そして遺作・・・。交通事故で亡くなった)"Bongolandia"でも力強い声を聴かせてくれている。このカセレス、ルイシートのお母さん方の従兄弟。いいアルバムだったし、ルイシートのと一緒にこれからが楽しみと思ってたのに残念・・・。

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最近ではウイリー・ソテーロのプロデュースする"La Mundial de la Salsa"や"Puerto Rican Masters"のCDやDVDで彼の活躍が楽しめる。この作品もいいですね。

昨年コロンビアの大手Codiscosレーベルと契約し、カリでのライブ"Clasicos En Vivo-Live In Cali"をリリースしたばかり。お馴染みの彼のヒット曲満載、かつルイシートの人気が分かります。

早く全快してまた元気なステージを見せてもらいたいです。

→YouTubeでルイシートのプロモ・ビデオ”Beso a Beso”を見る


by mofongo
(2007/01/28 2:43)
Musica/SALSA
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