Viento desde Borinquen

Larry Harlow @Billboard 07.10.31
久しぶりに
ラリー・ハーロウが来た。

言うまでもなく、ラリーは60年代後半から70年代を通してのサルサのど真ん中に位置する
FANIAの最重要アーティストの一人。
ファニアのアーティストの志向/嗜好は実に多様。その中で彼のベーシックな部分はキューバ音楽から始まっている。
ジョニー・パチェーコもそんな傾向が強い。

面白いのは、ファニアの中でキューバへの傾倒が強かったこの2人は
キューバ人でもプエルトリコ人でもない、というところだ。
60-70年代に「サルサ」という名前が誕生した現場にはキューバ人はほとんど関係なかったから、2人がキューバンでなかったのは当然としても、プエルトリカンでもなかったと言う点もポイント。
キューバの
ハバナやプエルトリコの
サン・ファン、ポンセは18-19世紀から経済/商業的背景により音楽の交流が顕著だった。だからプエルトリコ人にとってはキューバの音楽はレスペクトの対象ではあるが、改めて「お勉強」するものでもなく、同時に自分たちは自分たちの音楽を持っていた。

一方、
パチェーコはドミニカのサンティアゴ・デ・ロス・カバジェロスの生まれ。このドミニカ第2の海に面さぬ町は初期のローカルなメレンゲ(メレンゲ・ティピコ・シバエーニョ〜ペリーコ・リピアーオ)の里であるシバオ地方の中心。
そこで11才まで暮らしニューヨークに引っ越す。そしてNYでキューバ音楽やマンボに本格的にぶつかりチャランガへと続く。
また
ハーロウはNYのユダヤ人として育つ中で、ラテン音楽と出会い、キューバに旅してノックアウトされ、3年間ほど住んで「勉強」した青年時代を持っている。
つまり二人ともキューバ人でもプエルトリコ人でもないがゆえに
キューバ音楽を「勉強」した過去を持つが、それがキューバ音楽へのこだわりを持つ1つの原因になっているのだろう。
◆◆◆
この辺は、我々の日本にもある。特にラリーのケースは80年代後半、キューバに行ってそれ以降キューバ一辺倒になった日本のミュージシャンたちのケースと似てるね。

でも、ラリーの音の面白さはNYに帰ってしばらくしてから始まる。"キューバ音楽伝統主義者"の彼もNYに帰ればR&Bやジャズは相変わらず一杯、ブガルーもあればロックもある。なんといっても周りのラテン系ミュージシャンはプエルトリカンばかりだ。
そんな中でロックをやって全米ツアーしたり(Ambergris)、色々トライする中で「
彼のサルサ」が出てくるのだ。
◆◆◆
今回のライブの1週間前、丁度プエルトリコから友人の
ぺぺが来日した。自分が島に住み始めたときからのサルサ友達、そして生粋のプエルトリカンだ。
彼の学生時代は70-80年代。だからサルサは彼にとってあたりまえのもの。
「ホーム・パーティーでかかる音は、
とにかくサルサだよ」、という高校時代を過ごしたぺぺ。

[外部リンク]
⇒YouTubeで"Marvin Santiago: Juego a la Jicoteaを見る
(ベネスエラの土曜夜の人気TV番組より)
[外部リンク]
TVでは
グラン・コンボや
ファニア、
ボビー・バレンティンや
ロベルト・ロエナが、そして
トミー・オリベンシアや
ウイリー・ロサリオがダンサブルな音を放っていた。
その頃の話を聞くのはとても楽しい。車の好きな彼はチェビー(シボレー)の中古をチューンし、週末は仲間やガールフレンド達を乗せ遊びに出る。そしてそんな中に普通にサルサがある、というのは今のプエルトリコと変わらない。カー・オーディオから流れるFM局で一番強いのは今でもレゲトンよりサルサ専門局だしね。
そんなペペだから、日本から帰る前の晩にラリー・ハーロウが楽しめると知ると迷わずと言って来た。
「予約よろしく」
◆◆◆
今回の
ラリー・ハーロウはフロントに
アダルベルト・サンティアゴと
ヨーモ・トーロというファニアの重鎮を配し、バックはNYの手堅いメンバーで固め、フロントの歌はアダルベルトに加えて、
ルイシート・ロサリオと
エモ・ルチアーノを置く。10年以上前からラリーと縁がある気心知れた2人。総勢は13名。

ラリー・ハーロウ/Larry Harlow(P)
アダルベルト・サンティアゴ/Adalberto Santiago(Vo)
ヨモ・トロ/Yomo Toro(Cuatro)
レイ・マルティネス/Ray Martinez(B)
ルイシート・ロサリオ/Luisito Rosario(Vo)
マック・ゴルホン/Mac Gollehon(Tp)
ルイス・カーン/Louis Kahn(Tb/Vln)
エモ・ルチアーノ/Emo Luciano(Vo)
リッチー・ヴィルエット/Richie Viruet(Tp)
チェンボ・コルニエル/Chembo Corniel(Conga)
フランク・フォンテイン/Frank Fontaine(Sax/Fl)
ジェフ・ロペス/Jeff Lopez(Timb
ロヴィー・バウソ/Lovie Bauzo(Bongos)
ちなみに、このバンドのメンバーは全員ソロ・アルバムを出している実力者ぞろいなのだ。
そして、多くがプエルトリコ系。サルサはこれでなくっちゃね。
◆◆◆

ステージが始まった。あれ?フロントにルチアーノがいないぞ?
ええと、この曲なんだっけ?
”Se formo la Rumba”だっけ?ルイシートの歌、いいじゃない。
まだ、客席は暖まらない感じだけど、腰がムズムズする。
そして2曲目、ルチアーノが出てきた。楽屋で寝てたか?(^^)
おお、
”Senor Sereno”だ。オーケストラ・ハーロウの名盤「ライブ・イン・クアッド」のおなじみ曲。
思わずペペと歌っちゃう。
ルイシートがさかんにヨーモを気遣ってコミュニケーションを取る。
ヨーモはもう足が弱っていて、ステージまでは車椅子なのだ。でも、クアトロ弾くとパリパリ!
Larry Harlow, Junior Gonzalez - Se?or Sereno 1972 NY
[外部リンク]
⇒YouTubeで見る[外部リンク]
Orquesta Harlow en Vivo 35 a?os "Se?or Sereno" Cano Estremera

[外部リンク]
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そして次は、アダルベルトがリードを取る。そのお約束通りの曲、と言えば・・・。
ラリーが紹介する
「今日はハロウイーンだよね。ハロウイーンと言えば、
仮面(マスク=マスカラ)!」

そう
”Quitate la Mascara”
レイ・バレートのところに在籍してたアダルベルトの大ヒット曲。
これもペペと歌いまくり、机たたきまくり、終わったら「ボリークアー」とか叫ぶし・・・・隣の人はうるさかったかも・・・。
RAY BARRETO Y ADALBERTO SANTIAGO - QUITATE LA MASCARA

[外部リンク]
⇒YouTubeで見る[外部リンク]
FANIA ALL STARS-QUITATE LA MASCARA

[外部リンク]
⇒YouTubeで見る[外部リンク]
◆◆◆
何杯目かのグラスも空になり、曲目がはっきりしなくなる・・・・。ルイシートは客席とコミュニケーションを取り床がどんどん熱くなるのがわかる。
ええと、あとなんだったけな、そうそう、”
El Bohioボヒオって、インディオの伝統的な家の事。クーバ味たっぷりな曲だねえ。"〜♪Si, Sen~or♪〜"を客側から掛け合うのがお約束の定番。
El Bohio/Larry Harlow Latin Legend Band
[外部リンク]
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(このYouTubeはワシントンでのわりと最近のライブ。フロントはルチアーノとルイシート。リッチー・ヴィルエットのTrumpetソロ、フランク・フォンテインのフルート・ソロなど今回のメンツをかなりだぶってるのでムードが分かると思います。)
途中で、
赤木りえさんが飛び入りし、フランク・フォンテインとフルート・バトルしたり、
カルロス菅野さんがコンガ叩いたりとステージを盛り上げる。
そして、(Las mujeres de)
Mayari。これも「ライブ・イン・クアッド」。
“マジャリの女の子はかわいいよなー”って曲。こっちもつい歌っちゃうんだよねー。
サルサは踊りの為のメトロノームでも、ただのリズムパターンでもないよなってつくづく思う。歌であり曲であることがあって、歌詞を歌って、リズムに体が引っ張られて、どんどん高揚してくる気持ちがあってこそ。

[外部リンク]
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最後はたしかLatinos
Larry Harlow and Latin Legends of Fania (Larry Harlow)
1曲目はややクールだった空気が、最後はしっかり盛り上がった。今回はラリーの熱さと言うよりヨーモのムード、そしてフロントの二人だったと思う。これからも2人のことは要チェック!
Emo luciano/La Cartera

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Luisito Rosario

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◆◆◆
ぺぺと楽屋に行く。

ラリーやアダルベルトとちょっと話し、ルチアーノとルイシートのところへ。
ぺぺ「いや、よかったよ。」
ル1「あんがと、あんがと、あ、プエルトリカンだよね?(喜)日本に住んでるの?」
ぺぺ「旅行で来てんだよ。トゥルヒージョ・アルトに住んでる」
ル2「おお、トゥルヒージョ!そう!エルマーノ!がしっ(抱擁)」
いつもの事ながら、ボリクア同士って一挙に盛り上がるなぁ。
ル1「あんたもボリクア?国の旗もって」
モフォ「いやいや、ハポネスだけどさ、グアイナボに住んでたんよ。この夏も里帰りしたりし」
ル2「おお、グアイナーボ!そうか!エルマーノ!がしっ(抱擁)」
アヤー、住んでただけでも十分盛り上がるね。
◆◆◆
などとさわいでいる内に、ラリー、ルイス・カーン、アダルベルトなど、順番にぼちぼち引き上げてゆく。
車椅子の
ヨーモはニコニコして残ってる。
モ「師匠お久しぶりです。プエルトリコでお会いして以来で。クアトロ練習してるんですがちっとも上手くなりません」
ヨ「そうかそうか、とにかく頑張んなさい。そうだ、弾いてみよう。そこのクアトロとってくれ」
師匠のクアトロは年期モノのマイク&イコライザー付。螺鈿細工の装飾が美しい
ヨ「モフォ、これくらいならは易しいだろ。♪〜♪」
モ
「♪Vamos a bailar la murga, la murga de Panama♪師匠、エクトル・ラボーは最高っす」
ヨ「ふむふむ(^^)、じゃさ、これはどうだ。」
モ
「♪Quitate tu pa' ponerme yo♪」
ヨ「わはは、じゃこれは?♪♪〜」
ルイシートがにこにこして寄ってくる。
ル1「
アサルト・ナビデーニョ!Ya van a empezar las fiestas♪」
モ&ヨ「おー、ボリークア!」
それからアギナルドの曲のさわりを何曲かやって盛り上がる。NJ生まれのルイシートもトロバドールに変身だ。まるでここはNY・エルバリオ!
◆◆◆
気づいたら本物のボリクア・ぺぺはあきれてどっか行ってた。
モフォ「師匠、お元気で!またNYあたりでお会いしたいです」
やっぱり、ボリクアのサボール感じずしてサルサはありえんなあ。
日本じゃこのサボールの香りがする音を聴くのはとても難しもんね、オルケスタでもDJでも。
そんな意味でもラリー・ハーロウに限らず、もっと島やNYの音がもっと気軽に来てくれないもんかなあ、と思うんよ。ぺぺ。
ぺぺ「そうかぁ。じゃほんとに日本じゃ難しいか、試さにゃな」
モ「んん?」
ペペ「去年行った、ほらEl Cafe Latinoと行けなかったSudadaと。このまま帰って寝たら飛行機逃すって。オールナイトでしょう、やっぱり。では参りましょう♪♪」
そう言うあんたみたいの、やっぱり日本にはいないと思うんですけど・・・・
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