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『千の風になって』〜インディアンの考える“死”
昨年の紅白歌合戦で披露されたあと大ブレークした『千の風になって』。
今年いちばん売れたCDになったそうですね。ものすごい大ヒットになり驚きました。
2、3年くらい前、あるラジオ番組に作詞者の新井満さんがこの本について話をしたのを
私は偶然聞いていました。新井さんは「これはナバホインディアンに昔から伝わっている伝承がもとになっている詩です。」と仰っていたからです。
すぐ本屋に走り、新井満さん著の『千の風になって』を購入。その本の後半にはこの詩をイメージした新井さんオリジナルのナバホインディアン夫婦の話がきれいなイラストと共にありました。
最近実家の母がやはりこの歌と詩にハマっているのを知り、「これはインディアンの話を基にしているんだよ。」と教えると、「あら、初耳だわ。私は南米の昔話って聞いたけど。」と。
この話の起源があちこちにあるのはわかる気がしないでもないけど、新井さんは奥さんを突然亡くされた親友家族をなぐさめようと模索している時にこの詩に出会ったそうです。
☆私が考えるこの詩の経路はこんなカンジ☆
ナバホインディアンからの発生 ⇒ ある州に住むアメリカ人女性がみつけ、詩として発表 ⇒ イギリスの志願兵がこの詩を自分の遺言として両親に託す ⇒ アメリカ同時多発テロの一周忌でグランドゼロにて遺族がこの詩を朗読 ⇒ 世界中でブレイク
この間のどこかで新井満さんがみつけたのでしょう。その後の大ヒットとなったわけです。
それはそれで良いとして…。
私がこの歌を聞くと、思い出さずにはいられないおばあさんがいます。
このお話、Lako★さん主宰インディアンサークル『オヤーテクラブ』会報ではご披露させていただいたものなのですが、もう一度書き改めてみたいと思いました。
2002年9月、家族でサウスダコタ州を旅した時のことです。
余談ですが、「ダコタ」とはラコタ族のことばで「友達」という意味です。(少しラコタ語を勉強したのです!ちなみに「ココ」とは「柔らかい」という意味です^^;)
ラピッドシティに泊まり、バッドランズ国立公園やクレージーホースメモリアルに行き、できればオグララ・ラコタ族のリザベーション(居留地)まで足を伸ばしたい、と計画した旅でした。

しかしインディアンの居留地といえばアメリカのとてつもなく僻地にあるのが普通で、彼らの失業率は全米一!の70%。アル中のインディアンがうろうろしている“ヤバイところ”という勝手なイメージを持っていました。そんなところに
子連れで行く日本人観光客なんて、いるんだろうか…?と、行きたい気持ちは強いものの、ずっと不安に思っていたのです。
結局ダーリンの「せっかくここまで来たんだから、行ってみようよ」の一声に気持ちはフッ切れ、
(↑)写真のような“おそろしくなるほど何もない”道と平原だけが続く中をパインリッジ居留地めざしたのです。
途中の道ばたに「ウシ」や「野犬」の死骸が転がっているような道を2時間ほど進むと、やっと小さなカイルという村に着きました。もう時間は3時ごろ。お昼ごはんも食べずにひたすら走っていたし(お店がまったくない!)、夕暮れも近いし、パインリッジまでは遠いし、「もう引き返そうか」「でもウーンデッドニィまでは行きたいな」と悩んでいました。
ウーンデットニィとはインディアンたちが1890年12月、ゴーストダンスをしているところをアメリカの騎兵隊の急襲を受けて、幼い子供や女性を含む300人が虐殺された場所です(↓)

とりあえずカイルの街でトイレ休憩です。
『ラコタ・トレーディングセンター』という建物の中に入ってみました。
トイレは人が使うたびにこんな風にカギを開けます(→) それほど治安が悪いのです。たちまち不安になる私…。
このたてものに1軒だけ、おみやげものを扱うお店がありました。
入ってみるとカウンターにインディアンの若い女性がひとり、白人女性のお客さんがふたり。
私はカウンターのお姉さんに相談してみることにしました。
「これからパインリッジに行こうと思うのだけど、まだ遠いわよね?ウーンデットニィにはあとどのくらいかしら?」
すると突然どこからか全身黒い服を着たインディアンのおばあさんが現れました。
「迷っているのかい?…行った方がいいよ。」
「えっ?」
「ウーンデットニィに行きなさい。そしてそこで何が起こったか、感じてごらん。」と仰います。
とても不思議なおばあさんでした。まるで魔法使いみたい!
でも初めて会うのに、どこかで話したことがあるような、そんな雰囲気です。
おばあさんに背中を押され、すぐ「よし、ウーンデットニィに行こう!」と思えました。
Coco :「実はね、私ははるばる日本からクレージーホースのお墓を探しに来たんです。
このあたりだと聞いているのだけど、どこにあるかご存知ですか?」
おばあさん:「彼のお墓? なんでお墓なんかに行きたいんだい?」
Coco :「日本にはお墓参りという習慣があって、私たちはお墓を訪れることで亡くなった方
のそばにいると思えるんです。だから私も彼をそばに感じたいんです。」
おばあさん:「あはははっ、何を言ってるんだい。彼ならもうほら、ここに来ているじゃないか!」
と、おばあさんは片手を挙げてぐるぐると回しました。「
クレージーホースの魂はここにいるよ、」と。
おばあさんのことばを聞いて、ぞーっと背筋に何かが走りました。
「彼のたましい…」と驚いて上を見上げる私を見て、おばあさんは初めてにっこり笑いました。
「彼に会いたいと思ったら、いつでも魂はそばにいるんだよ。」
その後おばあさんとはたくさんのお話をしました。
「WTC(同時多発テロ)で三千人亡くなったって?ふん、何を言ってるんだい。今までに私たちインディアンはいったい何万人、いや、何千万人殺されたと思う?」というおばあさんのことばにはさすがに迫力がありましたね〜。ワシチュー(白人)に対する怒りがまだ強く残っているのがわかりました。
もっともっといろんな話をしたいと思ったけれど、私が天井を見上げている短い一瞬の間に、そのおばあさんはいつのまにかそこからいなくなっていたのです。
「あれっ?」と驚いてきょろきょろあたりを見回す私を、なぜかカウンターのお姉さんがニヤニヤと嬉しそうに見ていました。(お店はこの廊下の右側にありました→)
♪=♪=♪=♪=♪=♪=♪=♪=♪=♪=♪=♪
本当に今も不思議に思う話です。
こんな話はくだらなくて、どなたにも信じてもらえないだろうと、今までは会報にしか書かせていただきませんでしたが、このことによって私はインディアンの『大切な人の死』に対する考え方がよくわかったのです。クレージーホースのお墓探しは、もちろん諦めました(笑)
『千の風になって』はまさに彼らの死に対する考え方を歌っています。
この歌を、詩を、耳にする度におばあさんのことが思い出されます。

(←)ウーンデットニィのお墓の入り口です。
酋長ビックフットの大きな墓石がありました。
ウーンデットニィの地に立ってみて、はじめて感じることが出来たさまざまな思い。
「やっぱり思い切って来て良かったね!」
心の中は満足感でいっぱい。
風の音しか聞こえないような本当に静かな場所です。
その風がなにかささやいているように聞こえました…。
Do not stand at my grave and weep;
I am not there, I do not sleep.
I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn's rain.
When you awaken in the morning's hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet birds in circled flight.
I am the soft stars that shine at night.
Do not stand at my grave and cry;
I am not there, I did not die.
(千の風になって:英詩)
♪【追記】♪
アメリカにお住まいのじゃすみん茶さんがこちらのサイトをご教示して下さいました。
http://www.businessballs.com/donotstandatmygraveandweep.htm[外部リンク]
「作詞者は誰かということですが、アメリカでもいろんな説があるけれど、
Mary Elizabeth Fryeという女性が1932年に書いたというのが定説になっているみたいです。」
じゃすみん茶さん、ありがとうございます☆
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